前回から続く)

 EMがほぼ完成した2000年春。足立忠司は電車の中で考え込んでいた。足立は,宇宙用の太陽電池を手掛ける米EMCORE Corp.の代理店である商社に向かっていた。この日足立は,変換効率が26%と高いEMCORE社の太陽電池パネルを泣く泣く発注するところだった。それでもまだ,揺れる電車の中で思いも揺れていた。高い。どう考えても高い。何とか安くする手段はないものか。

残り物には福がある

 何がキッカケだったのか,足立はふと思い出した。太陽電池パネルには,必ずテスト・ピースと呼ばれる小型のパネルがあることを。パネルを切り出す際にできる「端切れ」で,品質確認に利用する。もちろん実際に太陽電池として使える。そうだ。宇宙品太陽電池パネルのテスト・ピースを使ったらどうだろう。

 商社には,ちょうど来日中だったEM-CORE社の技術者が来ていた。足立は早速この思い付きをぶつける。「きっと可能でしょう」。足立が拍子抜けするほどあっさりと技術者は答えた。

 テスト・ピースであることを前提に見積もりし直してもらうと,金額は劇的に下がった。当初の1/2~1/3の数百万円である。これは大きい。これしかない。問題は,もともと注文する予定だった太陽電池パネルと比べて寸法が小さいことだった。テスト・ピースの大きさでは,正8角柱のMINERVAの表面に効率的に張り付けることができない。足立は考えた。だったら,テスト・ピースの大きさに合わせてMINERVAの形状を変えてしまえばいい。

PFMの分解
MINERVAのPFM(プロト・フライト・モデル)を分解したもの。実際にはやぶさに搭載されたフライト・モデルと同じプリント基板を使用する(写真:山西英二)

 2000年夏ごろ,MINERVAの形状は当初の正8角柱から,テスト・ピースに合わせた正16角柱に変更された。この変更に少なからぬ衝撃を受けたのは齋藤だった。MINERVAの開発は,既にEMの次の試作機,「PFM(プロト・フライト・モデル)」の設計に移っていた。実際にはやぶさに搭載される「フライト・モデル」と基本的には同じもので,万一フライト・モデルに不具合が生じたときの予備にも使う。

 まだ設計の途中なので,PFMの形状を正8角柱から正16角柱に変えることはできる。正16角柱にしてもMINERVA全体の体積は変わらないので,原理上は部品を詰め込めそうだ。しかし実際には,プリント基板の設計が大打撃を被る。正8角柱の底面に合わせた円形状のプリント基板が正16角柱に収まらず,直径を1~2mm縮めなければならないのである。

 MINERVAでは,複数のプリント基板を立体的に組み上げる構造を採っていた。実装するすべての部品を1枚のプリント基板に載せることは,どう考えても無理だったからである。そこで,円形のプリント基板の上に4枚の四角いプリント基板を立てて壁を作り,その上にまた円形のプリント基板を重ねる構造を考案した。カメラ・モジュールは壁状のプリント基板とMINERVAの筐体の間のわずかなすき間に収める予定だった。円形のプリント基板の大きさが変われば,他のプリント基板の大きさやカメラの配置なども全部見直しになる。