「医療分野では,我々の業界の技術が急速に普及する変曲点が近づきつつある」(インテル 事業開発本部 デジタルヘルス事業部長の板越正彦氏),「健康関連事業にはビジネス・チャンスがある。間違いなく伸びる」(東芝コンシューママーケティング 商品開発センター 開発企画担当 主任の杉原靖夫氏)――。「医療・健康」の分野に対するエレクトロニクス・メーカーの目の色が変わり始めている。2006年以降,この分野で活躍できる領域が急拡大するためである(図1)

図1 生まれるビジネス・チャンス<br>2006年以降,「医療・健康」の分野でエレクトロニクス業界にとってのビジネス・チャンスが生まれる。医療分野では病院と地域の診療所,家庭を連携させることで,患者の居場所を病院から診療所,家庭へと移す動きが加速する。これに伴い,電子カルテや遠隔医療,携帯端末を利用した診断支援に関連した技術,診断機器の小型化に向けた技術などが求められてくる。健康分野では,病気の予防に向けて家庭で体調を管理する動きが加速する。これに伴い,健康状態を測定する機器の需要が高まるほか,この測定機器と家電の連携や,測定した健康情報を利用したサービス事業などが進展する。
図1 生まれるビジネス・チャンス
2006年以降,「医療・健康」の分野でエレクトロニクス業界にとってのビジネス・チャンスが生まれる。医療分野では病院と地域の診療所,家庭を連携させることで,患者の居場所を病院から診療所,家庭へと移す動きが加速する。これに伴い,電子カルテや遠隔医療,携帯端末を利用した診断支援に関連した技術,診断機器の小型化に向けた技術などが求められてくる。健康分野では,病気の予防に向けて家庭で体調を管理する動きが加速する。これに伴い,健康状態を測定する機器の需要が高まるほか,この測定機器と家電の連携や,測定した健康情報を利用したサービス事業などが進展する。
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 これまで医療・健康分野といえば,医療機器に向けて最先端の電子部品などのエレクトロニクス技術をつぎ込むという動きがあったが,医療機器の市場規模自体は堅調であり,劇的な成長を見込める分野とはいえなかった(図2)1)。しかも,新規参入を目指す機器メーカーや部品メーカーにとっては大きな参入障壁が立ちはだかる,いわば「遠い存在」でもあった。機器メーカーがいざ新たな機器を投入しようとしても,薬事法で定められた許可や承認を受けるには,技術に新規性があるほど厳しい品質や安全性などの評価が必要になる。このため,実用化までに予期せぬ費用や時間を要してしまうというリスクがあった。部品メーカーにとっても,こうした機器メーカーの要求に応える必要があるが故に「医療機器は,生産数量や価格の割に品質・安全性などの注文が多い」(半導体業界の技術者)というのが一般的な評価だった。

1) 小谷ほか,「メディカルで種まき」,『日経エレクトロニクス』,2005年9月12日号,no.908,pp.85―110.

†医療機器=薬事法第2条第4項において,次のように定義されている。「人もしくは動物の疾病の診断,治療もしくは予防に使用されること,または人もしくは動物の身体の構造もしくは機能に影響を及ぼすことが目的とされている機械器具などであって,政令で定めるもの」。

†薬事法=「医薬品,医薬部外品,化粧品および医療機器の品質,有効性および安全性の確保のために必要な規制を行うとともに医療上,特にその必要性が高い医療品および医療機器の研究開発の促進のために必要な措置を講ずることにより,保健衛生の向上を図る」(第1条)ことを目的に,1960年に制定された法律。最近では,2005年に内容の改正が実施された。p.97に関連記事。

図2 医療機器市場は横ばい<br>国内における医療機器の出荷額は約2兆円前後,生産額は約1兆5000億円前後であり,いずれもここ数年は横ばいの状態である。(図:厚生労働省の資料を基に本誌が作成)
図2 医療機器市場は横ばい
国内における医療機器の出荷額は約2兆円前後,生産額は約1兆5000億円前後であり,いずれもここ数年は横ばいの状態である。(図:厚生労働省の資料を基に本誌が作成)
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距離が近づく

 こうした状況に変化が訪れようとしている。2006年以降,医療・健康分野とエレクトロニクス・メーカーの距離をグッと近づける幾つかの動きが進むためだ(図3)

図3 参入の壁が崩れる<br>エレクトロニクス・メーカーの前に立ちはだかっていた医療・健康分野への参入障壁は,崩れだそうとしている。
図3 参入の壁が崩れる
エレクトロニクス・メーカーの前に立ちはだかっていた医療・健康分野への参入障壁は,崩れだそうとしている。
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 第1は,内閣府のIT戦略本部が2006年7月末に発表した「重点計画―2006」の中にある「ITによる医療の構造改革」という施策である。これを契機に,可能な範囲で患者の居場所を中核病院から地域の診療所,家庭へと移行させる動きや,家庭で測定した健康情報を病気の予防に生かす動きが加速する(pp.92―93を参照)。市場の対象がわずか約9000院の病院から,家電事業の対象と同じ約4800万世帯の家庭へと広がる。これに伴って,薬事法で規制されない機器やサービスの市場拡大も見込まれる。エレクトロニクス・メーカーがデジタル家電分野などで培った技術を応用できる可能性も高まる。

 第2は,薬事法の審査の円滑化を図る動きである。経済産業省らは,薬事法の試験の評価指標や審査基準を定めた「医療機器開発ガイドライン」を2006年度中をメドに策定する。医療機器産業への新規参入を促す狙いである。もちろんエレクトロニクス・メーカーの参入も待たれている。従来はこうしたガイドラインがなかったため,新規参入を目指す事業者の負荷は大きかった(p.97の「許可と承認が必要,危険度に応じて三つに分類」参照)。

 第3は,これらの動きを受けて新たな市場の拡大を目指す医療機器メーカーの取り組みが活発化することである。例えば,GE横河メディカルシステムは 2006年5月,ノート・パソコン大と,小型の産婦人科向け超音波診断装置を発売した。医師が装置を持ち歩いて患者の居場所に出向くという,新しい市場の開拓を狙ったものだ。こうした医療機器メーカーは,機器の小型化などを実現する高性能な半導体や電子部品を待ち望む。「突出した性能の部品技術があれば,どんどん持ってきてもらいたい」(複数の医療機器メーカーの技術者)と,エレクトロニクス・メーカーに大きな期待をかけている。