いばらの道の担当に

 そんな折り,富士写真フイルムは定例の人事異動を発表する。1997年10月のことだ。国分氏はもちろんのこと,周辺のメンバにもさしたる異動はなかった。強いて言えば,彼と同じくソフト開発を担当している先輩が「主任」に昇格していたくらいのものか。 今度,おごってもらわなくちゃな…。しかし,待てよ。先輩が主任になったということは,ひょっとするとひょっとするかも…。

 次の日,国分氏の予感は的中する。ソフト開発グループの課長からお呼びがかかったのだ。

 「国分君,150万画素ディジカメの担当に移ってもらいたいんだが」

 これまで150万画素ディジカメのソフト開発でリーダの役割を果たしていたのが,くだんの先輩だった。彼は昇進によって担当業務が増えるため,1機種にかかりきりになることができない。その結果,国分氏にお鉢が回ってきたというわけだ。

 「はい,わかりました」

 国分氏はすでに覚悟を決めていた。やりがいのある仕事だ。でも,その意気込みは半分。残り半分の不安は,どうしても拭い去ることができなかった。

あの噂は本当だった

 さっそく,試作版のカメラを動かしてみる。まずはシャッタを押し,画像を確認し…。不安が確信に変わるまでに,さほど時間はかからなかった。

 「こりゃダメだ」

 発売予定日は5カ月後。それなのに,撮った画像を出力するという基本中の基本といえる動作さえできない。早速,国分氏は開発チームのボスである岩部氏のところに駆け込む。

 「岩部さん,担当を移ってきて早々ですが,白旗を揚げさせてもらいます。とてもスケジュール通りにできるとは思えません」

 「まあ,そう言わずに。何もやってないのにあきらめることはないだろ。とりあえず,やってみてよ」

 「やれと言われても,あと5カ月しかないんですよ」

 「確かに。でも見方を変えれば,まだ5カ月もあるということじゃないか。まあ,ここは一つ,大いに頑張ってくれたまえ」

 とりつくしまもないとはこのことか。やはり,本当だった。岩部氏を説得するのは,どんな困難な技術課題を解決することより難しいという噂は。

 「わかりました。やるだけのことはやってみます」

 仕方がない。期間内にやれるだけのことをするだけだ。国分氏は腹をくくった。