MEIKOでは絵のうまい社員がパッケージ・イラストを描いたが,こうした細かい要望を実現するために,今回は本職のイラストレーターに頼むことにする。だが,つてなどはない。1月に入ったばかりの女性社員と共に,Webをさまよい,イメージに合うイラストが描けそうなイラストレーターを探した。こうして見つけたのが,同人誌などで活躍していたイラストレーターのKEIである。声の提供者である藤田咲のイメージや16歳といった設定などを伝え,描いてもらったラフ画から「機械っぽい」イラストを選んだ。衣装や色などの詳細を決め,現在の初音ミクのイラストが出来上がった。

初音ミクのイラストを担当したKEI氏へクリプトン社が出した指示の概略図。ただし,これらの指示は途中経過のもので,最終的な初音ミクのイラストにこの指示がすべて反映されているわけでない。
初音ミクのイラストを担当したKEI氏へクリプトン社が出した指示の概略図。ただし,これらの指示は途中経過のもので,最終的な初音ミクのイラストにこの指示がすべて反映されているわけでない。
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技術の進化でアラが目立つ

 声の収録やキャラクター設定が決まりつつあった2007年5月ごろ,新製品に必要な開発ツールがようやくそろう。ここから新製品の発売予定である同年7月末に向け,開発チームは本格的な開発に取り掛かる。具体的には, VOCLOID2で使う「音素ライブラリ」などを作り込む作業である。

開発者の中心メンバーの一人であるクリプトン・フューチャー・メディア CSP推進室の熊谷友介氏(写真:KEN五島)

 この際にチームを助けたのが開発ツールの進歩だった。「MEIKOのときには,3カ月かかっていた作業が1カ月くらいに短縮できるようなイメージ」(熊谷)。その一例が,声優に歌ってもらった意味のない呪文のようなフレーズから音素を抽出する作業である。「MEIKOのときに手作業だったものが,ある程度自動的に抽出できるようになった」(佐々木)のだ。

 一方,技術の進歩で難しくなった部分もある。今までよりも歌声や歌詞をはっきりと聞き取れるため,ちょっとした不自然さが目立つようになったことだ。「その分,作り込みが厳しくなった。スキャナーで例えるなら,300dpiなら目立たなかったごみなどが,2400dpiになって目立つようになるもの」(佐々木)。違和感は,音素と音素のつなぎ目部分で生じやすく,組み合わせによってはどうしても音素のつなぎ目に雑音成分が残るという。そこであらゆる組み合わせを実際に聞き,低音の雑音成分などを除いた。それでも違和感が残る場合は音素の波形自体を調整して,雑音を除去したと説明する。

 こうした困難が佐々木たち開発者を苦しめ,開発は予定より遅れ,7月上旬の発売予定が厳しくなっていく。会社に寝泊まりすることもたびたびあった。伊藤は「妥協をすれば7月発売も可能」と考えていたが,よいものを作りたいという開発者たちのこだわりに最終的に折れ,発売日を1カ月半引き延ばす。こうして 2007年8月31日,満を持して初音ミクが発売された。 =敬称略

―― 次回へ続く ――