大学生や高等専門学校生が参加するロボットコンテスト,通称ロボコンは,学生がロボットを製作し,さまざまな難題を克服して競い合う競技会である。我が国が発祥の地であり,当初は国内大会だけだったが,今では国際大会も開催されている。

 参加者は設定された規格や規定に沿って製作したロボットを用いて,これまた設定された条件の中で競技を行い,高得点を狙う。ロボコンに登場するロボットは,今や学生/アマチュアのレベルを超えていて,アイデアもさることながら性能的にもビックリするほどの出来栄えである。

 しかし,そのロボコンから実業の世界へと羽ばたく者は,筆者の知る限り,出ていない。ロボコンは非営利のコンテストで,学生時代に学生という立場で楽しむもの,そんな感じがあるのかもしれない。

 そのロボコンに何回も参加してさまざまな賞を取り,日本代表として国際大会に出場したこともある,いわばロボコンのツワモノがいる。今回の主人公,三宅徹さんである。国際大会では優勝こそ逃したが,ロボットに懸ける情熱はチャンピオンといってもいいだろう。

 幼いころ,実家の町工場に導入されたロボットに魅せられ,小さなハートに火が付いた。少年時代からの筋金入りのロボット魂の持ち主だ。しかも,実際に世の中で役立ち,そしてワクワクするような,実利と夢が一体化したロボットを作りたい一心で大学を選んだという。

 その「ロボット一直線」といえるほどの打ち込みようは,ロボットが好きという一言ではとても片付けられない。何しろ,大学院を修了した後に会社を興し,ビル清掃などの現場で実際に使える窓ふきロボットを開発しているのである。筆者が知らなかっただけで,ロボコン界から実業界へ転身した人は存在していたのだ。

 ロボコンチャンプの窓ふきロボット。今度は四角い窓ガラスというリングでの戦いだ。

窓ふきロボ,開発のきっかけ

図1 窓をふく作業者
まさに,技術と度胸の職人技だ。

 街を歩いていると,窓を清掃している作業者を見掛けることがある(図1)。筆者なら目もくらむだろうと思われる高所にロープ1本でぶら下がり,スクイージーと呼ばれる,先端にゴムのブレードが付いた道具でなんとも器用に水滴をふき取っていく。大きな窓なら自分で揺れながら移動して隅々までキレイにするその技量は,誰にでもできるものではない。

 自らが設立したベンチャー企業「未来機械」の代表取締役である三宅さんは,その窓清掃をロボットにやらせることはできないかと考えた。確かに,誰でも高い所の窓ふきは大変だと思う。屋上からロープを下ろし,それにぶら下がりながらの作業は,一つ間違えば転落事故にもつながる危険な仕事。しかし,安全のために足場を組んでフェンスを設け…などと考えると,一体いくら費用が掛かることになるだろう。現実的に成り立たないのは目に見えている。いわば,コストとパフォーマンスのギャップを作業者の腕前と度胸で埋めているといってもよいだろう。

 この窓の清掃をロボットでやろうと,三宅さんは考えたわけだ。まずはマーケティングから始めた。本当に窓ふきロボットは必要なのか,造ったとしても本当に使ってくれる人がいるのか,それを確かめるためにビル管理会社などを訪れ,実際に人に会って聞いて回ったのだ。

 結果,大いに必要とされていることが分かった。中でも一番多かった声は,安全性である。それはそうだ。たとえ足場を確保しての作業でも,転落の危険や風による影響は避けられない。そもそも高所での作業は,それ自体が危ないのである。まして,オーバーハングになっている窓や,アプローチしづらい位置にある窓はお手上げだ。ロボットが,放っておいても黙々と窓ふきをやってくれる,そんな夢のような話に誰もが飛び付いた。

 こうしてロボコンチャンプは,ロボット好きから,世の中の役に立つロボット開発の道を,着実に歩き始めたのだった。

言うはやすく行うは難し

 窓ふきロボットのニーズは,確かにある。しかも,大きい。それが分かったのだから,あとは造ればいい。しかし,おっとどっこい,そうは問屋が卸さない。実際に窓ふきロボットを設計する段になって,多くの困難にぶち当たる。

 まず,開発するロボットは小型・軽量であることが前提となる。作業現場に持っていくとき,専用の運搬装置が必要になるようではシャレにならないからだ。窓ふきロボット用の搬送ロボット,となってしまう。要は,作業者が簡単に負担なく運搬/設置できるよう,小型で,しかも軽量でなければ使えないのである。

 次に,これも当たり前だが,清掃するビルに何ら手を加えないことも絶対条件だ。ビルの壁や窓に対して,治具や工具などで加工したり改造を加えたりするようでは,その経済的な負担が大きくなるし,第一,どうやって高所に取り付けるかが問題になる。

 さらに,これが一番の難題だが,ほとんど垂直になっている窓ガラスに自立的にくっつき,しかも窓ガラスをキレイにふき取るためには滑らかに,かつ確実な走行ができることが求められる。繰り返すが,走行するのは地面でもないし,平面に置かれたガラスでもない。ほぼ垂直なガラス面を,ふき取り用のブラシやスクイージーを装着して走行する話である。その上で,矩形の窓を隅から隅まできちんとキレイにふかなければならないのだ。

 さらに,ロボットはスタンドアロンが望ましい。高所にあって作業する際,ロボットに電源供給ケーブルやら何やら,いろいろなものがぶら下がっているようでは使えない。

 いやはや,さすがのロボコンチャンプも大変である。実際の作業現場を想定すればするほど,難題が降り掛かってきたのである。

ヤモリの手