「ミクロの決死圏」という映画があった。潜航艇に乗り込んだ医療チームが縮小光線で丸ごと小さくなって人体に入り込み,病気を治す。1966年に制作されたこのSF映画を思い出したのは,ある所でマイクロリアクタに出合ったためだ。サイズが小さければ小さいほど,そこで起こる反応は爆発的ですごいことになると思ったからだった。

図1 マイクロリアクタの部品

 マイクロリアクタの特徴はズバリ,流路の径が極めて小さいこと(図1)。分子拡散による混合などに利用すれば,径が小さいほど拡散距離が短くなるから,拡散距離の2乗に比例する混合の時間は相当短縮される。

 さらに上記の特徴は,単位体積(容積)当たりの表面積を大きくする。だから反応容器として使用すれば,表面積が相対的に大きくなって温度制御などの効率が高まるし,多相系では容積当たりの界面面積が大きくなって気―液,液―液,気―固,固―液といった反応が効果的に進む。

 ミクロの決死圏的に見れば,小さいところで起こる反応は大爆発が起こっているようなものなのだ。

ワンパスでマヨネーズ

 初めてマイクロリアクタの図面を見た時,私は正直「これは3次元パズルか」と思ってしまった。色々なタイプがあるが,例えばジグザグストライプ型と呼ばれる「マイクロ反応プロセス構築のためのアクティブマイクロリアクター」(図2)。この構造を,もし図面を一目見ただけで理解できる人がいたら教えてほしいものだ。私の場合には,解説付きの構造図を見て,さらにしばらくして理解した(図3)。それも何となく,だ。

 そのジグザグストライプ型マイクロリアクタでは混合効率を高めることを目的に,下方から投入した液Aと液Bを最初に「交互多重流チャンネル」(50~500μm)で交互流とし,続いて「直交微小チャンネル」(同)で2列の市松模様になるように分割してから混合している。流路の幅はわずか 0.08mmだから,こんな狭い所を通されるモノは相当難儀なことだろう(図4)。それはともかく,これを使えばワンパスで二つ以上の材料を正確に,そして簡単に混ぜ合わせることができるのだ。

図2 ジグザグストライプ型マイクロリアクタ
図2 ジグザグストライプ型マイクロリアクタ
図3 ジグザグストライプ型マイクロリアクタの構造図
図3 ジグザグストライプ型マイクロリアクタの構造図
図4 直交微小チャンネルのスリット拡大図
図4 直交微小チャンネルのスリット拡大図

 そこで,ひらめいたのが手作りマヨネーズへの応用。マヨネーズは卵黄とサラダ油に,酢や食塩,マスタードなどを加えて撹拌かくはんして作るが,この撹拌作業が一苦労。今はハンドミキサーがあるからいいが,昔は手作業の体力勝負だった。新婚時代には妻にいいところを見せようと,息が上がるのもこらえて笑顔で頑張ったものだ。

 でも,マイクロリアクタがあれば,そんな力業は不要である。投入口に所定の材料を所定の量だけ入れてしまえば,ワンパスでおしまい。それだけだ。できる量が少ない? それはそうだけど,大量に欲しければ装置を並列に配置して大量生産すればいい。将来は,飲食店の店先に「マヨネーズ・ディスペンサー」なるマイクロリアクタが鎮座し,その場で自分好みに材料を調整しながら必要な量だけ「マイマヨネーズ」を作ってもらえるかもしれない。

「決死」ならぬ「安全」な治療