尾上 誠蔵氏
尾上 誠蔵氏
NTTドコモ 執行役員 研究開発推進部長(写真:加藤 康)

――第3世代移動体通信システム(3G)の一つであるLTE(long term evolution)の導入は御社に何をもたらすのか。2010年12月から「世界の先頭集団」の一角として導入する目的は何か。

 ユーザーのデータ通信の需要が右肩上がりで伸びているからだ。通信事業者としては,需要増に堪える無線ネットワークを用意する必要がある。とはいえ,新技術を導入してから普及するまでには時間がかかるから,前倒しで需要増に対応していかなければならない。2010年はそろそろ次の技術の準備を始めるタイミングだ。

 世界中で幾つかの通信事業者が,我々とほぼ同時にLTEを導入する見込みだ。「先頭集団」を支える通信機器メーカーも複数ある。ダントツ世界1位だった3G(FOMA)の導入時点と比べると,基地局や端末の技術的な完成度は当然高くなるし,通信機材の価格も下がる。

 つまりLTEは,ユーザーにもっと「良いサービス」を提供するために必要な技術である。例えば,最近我々は「動画のドコモ」を標榜ひょうぼうしているが,こうしたサービスを手ごろな価格でユーザーに楽しんでもらうためには,現行よりも周波数利用効率が高い,すなわちビット当たりの単価を安くできる新技術を導入するのが近道だ。

 現在はW-CDMAの拡張技術であるHSPA(high speed packet access)を導入した「FOMAハイスピード」で,最高7.2Mビット/秒の通信速度を提供している。このサービスも当初は3.6Mビット/秒で,徐々に高速化してきた。ようやくユーザーに動画を快適に使ってもらえる環境になった。

 そうなると今後,動画はユーザーにもっと利用されるようになる。コンテンツも増えるし,実際にそうなっている。通信事業者として,使いやすい通信環境を提供し続けるには,単なる設備の増強だけでなく,技術的にも効率が高い方式が必要だ。

 LTEの導入で周波数利用効率は上がる。W-CDMAはHSPA導入で,当初と比べて利用効率が3~4倍になった。これがLTEで,さらに3倍になる。ユーザーから見ると,より多くのデータを送れるし,多くのユーザーが同時にそうした通信環境を利用できる。事業者にとっては高速サービスを,より使いやすい料金で提供できる可能性があることを意味する。

――ユーザーから見たときに,LTEの導入で何が変わるのか。

 今,固定通信を使ってできることは,今後は何の違和感もなくモバイルでも可能になる。高速で遅延の小さな通信環境が,いつでもつながっているかのように使える。こうなるとモバイルと固定通信を区別する必要がなくなる。これがユーザーの体感できるLTE導入の効果だろう。

 今,幾つか見せているデモの中に,リアルタイムのゲームをやってみせるというものがある。実は,あのデモ程度ならLTEではまだ余裕がある。そのほかに,今いる場所の情報を提供する「直感検索」や「直感ナビ」,そして音声をリアルタイムで翻訳し,本人に似せた外国語の音声に変換するといったデモがある。これらはケータイ端末には負荷が高すぎる処理を,ネットワーク側に置いた高性能なコンピュータで肩代わりするという考え方に基づく。こんな使い方もLTEなら不可能ではない。今後は,ケータイ端末の設計やサービスの提供方法の考え方も変わってくると思う。

 もちろん我々は,LTEの能力を生かせるように,コア・ネットワークを整備していく。ネットワーク側でサービスを提供するための環境――いわゆるサービス・イネーブラー・ネットワークを作る。これによって,ドコモにはできないさまざまなサービスを,第三者に提供してもらえるようにする。