西成活裕氏
西成活裕(にしなり・かつひろ)
1967年東京都生まれ。1990年東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業。同航空宇宙工学の博士課程修了。専門は非線形動力学,数理物理学,渋滞学など。独ケルン大学理論物理学研究所客員教授などを経て,2005年に東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻助教授。2009年4月から現職。著作に『渋滞学』,『無駄学』など。(写真:上重泰秀)

 実は今,月1回ほどのペースで企業にうかがって「人間ソルバー」,つまり問題解決屋みたいなことをボランティア的にやっています。もう10年くらいになるかな。いろいろなメーカーの開発現場のトップが,実際に困っていることをざっくばらんに私に説明してくれて,その場で問題を数学に落とし込んで解き,「こんなふうにしたらどうですか」ってアドバイスする。

 資料の持ち帰りは禁止。機密事項ですから。会議室でちょっとお茶を飲んでから「じゃ,お願いしま~す。今日のテーマは…」って問題をバッと見せられる。「お,今日はこれか」って,3時間くらいその場に詰めて,数式を書き,モデルを作り,ホワイトボードに書いて説明します。

 個々の内容は秘密なのであまり言えませんが,例えば,高温になる窯の中の温度を精密に測りたいとか,亀裂の発生を防ぎたいとか,機械の振動が何をやっても収まらないとか,実にいろんな問題がある。そうそう,インクジェット・プリンタのヘッドに付けたインク供給用のチューブが暴れちゃって開発が先に進まないという問題もありました。2000万円もするシミュレーション・ソフトで解析しても実験結果と全く合わず,対策が立てられない。

 大抵,こんなふうに開発現場がさじを投げた状態になってから私に話が回ってきます。私も負けてられません。「よし。じゃ,やりましょう」って数学で解いたら,実験結果とぴったり合った。あっちは2000万円,こっちはタダですけど(笑)。それで理論に沿ってチューブの取り付け角などを調整し,無事に製品化にこぎ着けたそうです。

「渋滞学」から「無駄学」へ

 2000万円のソフトといっても,中身はブラックボックスなわけです。何か入れると何か出てくるけど,求めたいものと全然違うかもしれない。私は入り口から全部,数学できっちり解いていく。それでも解けないところだけ数値計算して,解けるところは知っている限りの数学を武器にして闘う。

 こうした数学と物理のちょうど中間くらいの領域は本当に面白い。人類の知恵はそこに集結していますから,その武器で負けたら,人類はもうギブアップだと。最後の砦だと思うと燃えるでしょ? 渋滞に興味を持ったのも,自分がやってきた数学や流体力学を社会に役立てたかったからです。なるべく人がやってない領域で,しかも実現すれば効果がものすごく大きいものを探していたんですね。

 交通渋滞による年間の経済損失は国内だけで12兆円。インパクトはでかい。しかも,流体力学の専門家は,ほとんど水や空気を対象としていますから,クルマや人の流れ,物の流れなんて,ほとんど誰も手掛けていなかった。それに私,混雑とか行列が嫌いでして(笑)。もうこれしかないと思いました。

 その渋滞学をやっているうちに「無駄学」につながった。物の停滞・渋滞はムダの典型です。そこで「ムダとり」で有名なPEC産業教育センター所長の山田日登志氏や副所長の山崎昌彦氏と話した途端,意気投合したんです。それからムダとは何かを考え始めたんですが,私には生産現場の体験が欠けているなと痛感しました。そこで山田氏に頼んで何度もムダとりの現場に同行させてもらったんですが,これがだんだん楽しくなってきて。改善の進んだ日本の工場では難しいけど,先日行った中国の工場では「あ,あそこにムダ。お,そこにも」ってどんどん見え始める。うれしいですよ,見えると。

15年後に爆発させる

 日本って人しか資源がないんだから,解かなきゃいけない問題を本当に解ける人を養う教育が,一番大事なテーマです。例えば環境問題のように,あらゆるところで問題はどんどん複合化・複雑化している。一つの分野の専門家だけじゃ絶対に解けない。それなのに今,大学は専門分野をさらに細々と狭めていき,与えられた細切れの問題を解ける人ばっかり養っている。「そんなことやって楽しいのか。そうじゃないだろう」というのをちょっとね,教えたいんですよ,大学で。

 うちの研究室では毎週1回,火曜日にゼミをやっているんですが,外部から講師を必ず呼んでいます。分野を問わず。あるときは看護師さんに,老人介護問題について話してもらう。床擦れの写真に全員びっくり。ほかにも,広告代理店にいる友人にマーケティング理論を話してもらったり,お坊さんに語ってもらったり。航空工学と何の関係があるのかっていうくらいですが,これが大事なんです。全然違うことをぐちゃぐちゃにやらせて頭の中をかき回す。みんな多感な年齢ですから,「あの時,こんな話を聞いたな」というのが,15年くらい先にきっと爆発しますよ。(聞き手は本誌編集長 原田 衛)