前回は,ロケット打ち上げ失敗の「真因」として,技術的な問題の先に,個別最適の思考にすっかり染まってしまった人間の心理や行動が隠れていたという,調査担当者の指摘を紹介しました。では,こうならないために管理者は何をなすべきなのでしょうか。
まず管理者がすべきことは,目標を明確に示すことです。どこに向かって職場が進んでいくのか分からないのに,職場力が十分に高まるはずがないからです。続いて,その目標に向かうことに対して社員を動機付けることが必要です。そのためには,目標をしっかりと認識してもらうために,目標の「視える化」にも取り組むとよいでしょう。
また,より大きな職場力を生み出すために,仕事に対する社員一人ひとりのベクトルをそろえたり,価値観の共有化を図ったりすることも大切です。そのためには,日ごろから管理者が社員一人ひとりと,心のコミュニケーションを取っておくことが極めて重要になるのです。
社員の「やりがい」の有無
このうち,動機付けの大切さを示す,米航空宇宙局(NASA)で働く2人の清掃員の話があります。
一方の清掃員に仕事について尋ねると,「やりがいがない」と答えました。「せっかく掃除をしても,すぐにみんなが汚してしまう」などと愚痴ばかりこぼすのです。ところが,もう一方の清掃員は違いました。「この仕事は名誉な仕事だ。我々は人間を月に送り込んでいる。私の仕事は,宇宙ロケットの故障を防いでいるのだ」。
この違いは,管理者が発した動機付けの差にありました。前者の清掃員の管理者は,彼にただ一言「きれいにせよ」と言っただけでした。しかし,後者の清掃員の管理者は,彼にこう伝えました。「この掃除はとても重要な仕事です。小さなゴミやチリ一つでも,ロケットエンジンの故障の要因になり得るからです。あなたにしっかりと清掃してもらわないと,月に向かうあの宇宙ロケットの打ち上げは成功しません」。
この動機付けにより,後者の清掃員は「自分も宇宙ロケットの打ち上げに参加しているのだ」と思うようになりました。一見,宇宙ロケットの開発や打ち上げには直接関係がないと思われがちな仕事でも,実際にはきちんとしてもらわなければ打ち上げの成否にかかわりかねません。
組織の全体最適を支える「全員参加」に社員たちを導けるかどうかは,管理者に大きくかかっていることが分かることでしょう。
「火入れ式」の意味
トヨタ自動車では,新しい生産ラインや工場が完成した際に「火入れ式」を行います。そこで働く全員を集め,テープカットをして,今からこの生産ラインや工場で製品を造っていきますと宣言する一つの儀式です。非常に古くさいと思われるかもしれませんが,私はとても大切なものだと思っています。なぜなら,これは「お客様が満足する立派な製品を造り続けるぞ」とみんなのモチベーションを高めるセレモニーであり,全員参加を促す仕掛けにもなっているからです。
例えば,私自身が生産技術部のエンジニアとして働いていた際に担当したプロジェクトで,トヨタ自動車で初めてとなるアルミ合金製ホイールディスクの生産ラインが完成した時のことでした。それまで経験したことのない新しい取り組みであることから非常に苦労し,1年がかりで完成にこぎ着けたものです。たくさんのエンジニアや技能員が,この新製品のプロジェクトに協力してくれたおかげでした。
火入れ式は,この生産ラインのために骨を折ってくれた人,協力してくれた人への感謝とねぎらいの場なのです。しかも,これからこの生産ラインで製品を造っていく人たちに,良い製品を造ってほしいという気持ちを伝えつつ,バトンタッチする場でもあります。こうした現場の人たちの気持ちに報いるために,火入れ式はあるのです。
ねぎらい,動機付ける
要するに,火入れ式は新しい生産ラインや工場でこれから毎日頑張って働く人たちに,“魂”を植え付ける儀式なのです。すなわち,優れた品質の製品を造るという目標を明確に示し,その目標に対して全員参加で向かっていくという動機付けです。
「もう,火入れ式などという古くさいことをやる時代ではない」と否定することは簡単です。しかし,火入れ式をやめてしまうだけでは,同時に全員参加の動機付けを失う可能性があります。すると,製品を造っている人たちの間に全員参加の意識は薄れていき,いつしか個別最適の思考をする人間が増えていきます。
そして,自らに課された役割だけこなし,後は知らないという考えが生産ラインや工場にまん延して,そのうち,品質不良やケガといったトラブルが起こる可能性が高まるのです。
要するに,ものづくりは,最前線を支える社員に魂を打ち込むことが大切なのです。この魂を入れることは,決して古い考えではありません。皆さんの会社で新しい生産ラインや工場を造ったり,プロジェクトを始めたりする際には,全員参加による全体最適をもたらすために,こうした儀式を決して軽視せず,しっかりと行うことをお勧めしたいと思います。これが決して効率化に反しないことは,必ず目に見える成果になって現れるはずです。