肌附安明氏
肌附安明(はだつき・やすあき)
トヨタ自動車にて約30年間にわたり,多くの新車開発プロジェクトで設計や生産設備の立ち上げ業務をこなしてきた技術者。その後,同社TQM推進部の課長として役員への企画提案や,社員の人材育成,協力会社の育成指導を約10年間行った。2008年8月に同社を定年退社,HY人財育成研究所を立ち上げ,所長に就任。

「あの工程が悪い」「いや,この職場がマズイのだ」「いやいや,あっちの部署がいまいちなんだ」---。

 皆さんはこうした言い合いを,会社の中で耳にしたことはありませんか。恐らく,多くの人は聞いた経験があると思いますし,似たような言葉が頭に浮かんだこともあるでしょう。中には,実際に口に出して言っているという人もいるかもしれません。

 社員の多くがこうした状態になっている場合は,注意する必要があります。なぜなら,会社が「個別最適」になってしまっている可能性があるからです。今,多くの日本企業が急速に,個別最適に向かいつつあります。特に,組織が専門ごとに細分化され,肥大化している大企業ほど,その傾向が強く表れています。

 その結果,自分が担当する個所だけ,あるいは,せいぜい自分が所属する職場が責任を負う範囲さえ良ければいい。ほかの人や職場のことなんて自分には関係ない,などと考える社員が,相当な勢いで増えつつあるのです。

 しかし,当然ながら,企業がお客様に向けて生み出す一つの製品は,社内のすべての職場がかかわることで出来上がっています。すなわち,最初の工程を担う職場から最後の工程を担当する職場まで,うまく仕事をつないでいかなければ,お客様に満足していただける優れた機能や品質を備えた製品に仕上げることはできません。

「全体最適」に必要不可欠なもの

 にもかかわらず,「後工程のことなんて知らないよ」という個別最適思考の社員や職場が増えると,企業を弱体化させてしまうことは,容易に想像がつくでしょう(図1)。

図1●企業力を弱めている会社
図1●企業力を弱めている会社
それぞれの職場が自分が担当する領域だけを見て業務をこなし,異なる職場のことは見ないし考えもしない。そのため,社内に個別最適の思考がまん延し始め,企業力は弱体化する。大企業ほど,この傾向が強く表れる。

 これを防ぐために,職場を導くリーダーである管理者は,メンバーである社員に「全体最適」の重要性をあらためて教える必要があります。ただし,単に「全体最適が必要だ」と説くだけでは,優れた製品を造ることにはつながりません。ここで大切なことは,「全員参加」を促すことです(図2)。つまり,社員全員が目指すべき目標に進めるような仕掛けを施す必要があるのです。

図2●企業力を強めている会社
図2●企業力を強めている会社
各職場はそれぞれ与えられた役目が異なるが,すべての社員が同じ目標を見ている。すなわち,目標に対して社員が「全員参加」することにより,会社内で全体最適が作用し,企業力の強化につながっていく。

 こうなれば,「『あの職場が悪い』『誰々が悪い』などと社内でいくら言い募っていても,製品そのものがきちんと造れていないのだから,何にもならない。ここは全職場で,社員全員で悪い点を良くしていこうじゃないか」という心が働くようになります。

 当然ながら,一人ひとりの社員,また一つひとつの職場は,それぞれ与えられた役目が異なります。しかし,すべての社員,すべての職場が同じ目標を掲げているために,社員一人ひとりに与えられた役割は,すべて優れた製品を造り出すことに向かってしっかりと機能している。

 全員参加の本質は,ここにあります。社員がそれぞれ異なる役割を果たしつつも,皆が一つの目標に向かっているということです。こうして初めて,企業が全体最適に向かって進んでいくのです。

「技術力不足」は本当か

 興味深い事例があります。鹿児島県の種子島から打ち上げられる日本製の宇宙ロケットが,かつて連続して失敗したことを覚えているでしょうか。この失敗により,それまで成功確率の高かった日本製の宇宙ロケットの信頼性に疑問符が付けられることになり,世間で大きな話題となりました。

 この時,マスコミはエンジンの故障個所について詳細に報道していました。そして,さまざまな関係者が「日本の宇宙ロケットの技術力はまだ低い」と結論付けていました。実はその後,関係者からトヨタ自動車が非公式に相談を受けたことがあったのです。「この宇宙ロケットの打ち上げは成功を続けていたのに,どうして今になって失敗が続いているのだろうか」と。

 この相談を受けたトヨタ自動車の担当者は種子島に行き,現地・現物で調べるとともに,関係者にも詳しく話を聞いていきました。そして,その調査結果について,私も話を聞く機会がありました。すると,調査担当者は意外な事実を教えてくれました。あくまでも調査担当者の“個人的な見解”という断り付きですが,それは次のようなものでした。

 「あの宇宙ロケットが失敗したのは,マスコミの報道や多くの関係者が指摘していることとは異なり,技術力が不足していたからではありません。むしろ,技術力は十二分に備えていると思います。原因は,全体最適でなくなっていることにありました。要するに,技術者たちの間に,『確実に打ち上げを成功させよう』という一体感や目標が失われてしまっていたのです」。

 当初,日本が自力で宇宙ロケットを開発して打ち上げ,人工衛星を軌道に乗せようと宣言した際には,それに携わる人の全員が「我々日本人の力で,日本初の宇宙ロケットを打ち上げよう」という目標に向かって一致団結し,一生懸命に働いていました。ところが,何度か宇宙ロケットを打ち上げているうちに,次第に仕事の目標を見失うようになっていったというのです。その結果,各技術者は,「自分の担当の仕事だけをやればいい。とにかく,ほかのことなど考えず,自分の役割を言われた通りにやっていればよいのだ」と考えるようになっていきました。つまり,「個別最適になっていた」と調査担当者は言うのです。

打ち上げ失敗の「真因」

 こうして,一人ひとりの頭の中から「日本製のロケットを打ち上げ,成功させる」という目標が薄れていきました。宇宙ロケットの打ち上げの失敗が連続した本当の原因は,ここにこそあるというのが,調査担当者が導き出した結論だったのです。

 確かに,失敗した技術的な原因は,エンジンの特定の部分にありました。しかし,実はそれが“表面的”な原因にすぎないのではないかと調査担当者は疑問を持ったのです。そこで,さらに「なぜなぜ」を繰り返して真の原因(真因)を追究していきました。すると,技術的な問題の先に,個別最適の思考にすっかり染まってしまった人間の心理や行動が隠れていたというのです。

 この事例は,企業や職場が次のような事態に陥るリスクがあることを私たちに教えてくれます。同じ目標の下に全員が参加するという意識を失ってしまうと,次第に職場が個別最適に染まっていく。それによって,社員のモチベーションが下がり,職場力が低下していく。このため,何か問題が発生したときには,みんなでその解決や改善に向かっていくのではなく,互いに責任のなすり合いを始めてしまう---。

 実際,これはさまざまな不祥事や問題を起こした職場を調べると見つかる現象であり,真因なのです。こうした事態を招かないために,管理者としては,社員全員が同じ目標に向かって進んでいくための仕掛けをつくる必要があります。では,管理者は何をすればよいのでしょうか。次回(2009年6月17日公開予定),具体的に紹介します。