アドソル日進も,セキュリティー用途をターゲットに開発を進めている。「通信距離が長いアクティブ型タグではエリア内の利用者を特定できないが,人体通信なら利便性とデータ通信の確実性を両立できる」(同社)。「タッチタグ」として製品提供を計画しており,2008年の「組込みシステム開発技術展(ESEC)」では,イトーキと共同開発した入退室システムの試作品を出展した。イトーキの「システマゲート」に人体通信用の読み取り装置を埋め込んだもので,ID番号を発信するタッチタグを携帯した利用者がそこに立つだけでゲートが開く。イトーキでは「2008年度末には商品化したい」(同社の吉田氏)としている。

地デジも伝送可能に

 商品化の先陣を切った松下電工のタッチ通信システムは,電流方式を採用している。3700ビット/秒と低速だが双方向通信が可能で,寺岡精工がこれを組み込んだ計量機能付きPOSシステムを発売している2)。総菜などを量り売りするのに使うシステムだ注3)

注3) 販売員が商品のタグに触れると,タグから腕に着けている端末に単価や商品名などの商品情報が送信される。次にPOSシステムの読み取り装置に触れるとその商品情報がさらにPOSに送られて会計するというものである。

 他社と一線を画して高速通信に特化しているのがKDDI研究所である。「開発当初から,広帯域での映像送信を想定していた」(同社 無線プラットフォームグループの石川博康氏)。電界方式に比べてコモン・モード雑音の影響が小さく,高速伝送が可能だとして電流方式を採用した。1M~40MHzの周波数帯域においては,空間では信号が伝搬しないが,人体は-20dB程度の損失で信号を伝えられる(図8(a))。そこで,中心周波数を3MHzとして電磁雑音に耐性の強いOFDMで信号を変調することで,17Mビット/秒の高速通信を実現した3)。このとき人体には,体脂肪計利用時と同程度の500μAほどの電流が流れるという。

†OFDM(orthogonal frequency division multiplexing)=直交周波数分割多重。中心周波数の異なる複数の搬送波を利用して,シンボルを並列送信するFDM(周波数分割多重)の一種。隣り合う搬送波を直交させて周波数利用効率を高める。

【図8 KDDIの高速人体通信】電流方式を採用しており,空気中を伝搬しにくい1M~10MHz前後の周波数帯を使うとともに,OFDM変調によって高速通信を実現した(a)。2本の電極を握った人の体を通じて映像信号を伝える。17Mビット/秒の伝送速度でデジタル放送の映像も伝送できる(b)。
図8 KDDIの高速人体通信
電流方式を採用しており,空気中を伝搬しにくい1M~10MHz前後の周波数帯を使うとともに,OFDM変調によって高速通信を実現した(a)。2本の電極を握った人の体を通じて映像信号を伝える。17Mビット/秒の伝送速度でデジタル放送の映像も伝送できる(b)。
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 地上デジタル放送のMPEG-2ストリーム信号を,人体を介して伝搬する実演を一般公開しており,そこでは2本の電極棒を握ると正面のディスプレイに映像が流れる(図8(b))。既に基本技術の開発を終えており,小型化や消費電力の低減といった技術課題も「大きなハードルではない」(同氏)としている。