講演するセイコーエプソンの橋本浩幸氏
講演するセイコーエプソンの橋本浩幸氏
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 40機種以上のプロジェクターを販売するセイコーエプソンが、2011年に発売したミリ波採用の家庭用プロジェクターの開発について講演した。同社ビジュアルプロダクツ事業部の橋本浩幸氏が2014年4月23日、日経エレクトロニクス主催の「ミリ波応用カンファレンス」に登壇し、開発の苦労話などを語った。以下、講演の内容をまとめる。

 エプソンが家庭用プロジェクターに無線機能を付加することを決めたのは2008年。既存ユーザーの新機能要望アンケートで2番目に要望が多かったことから、開発を決めた。「(技術の)シーズではなく(顧客の)ニーズから始まったこと」(橋本氏)という。

 当時、家庭用プロジェクターに使えそうな無線映像伝送技術の主な選択肢はUWB、WHDI、DLNA、ミリ波があった。このうち、UWBは距離が5~7mを超えると急激に性能が下がるという問題があり、WHDIは当時、普及期にさしかかろうとしていた3D映像の伝送ができなかった(現在は対応)。また、DLNAはDLNA対応のソースからしか受信できないという難点があった。

 そこでエプソンは、当時、米SiBeam社が提供していたミリ波(WirelessHD)対応ICを組み込んで家庭用プロジェクターに無線機能を実装しようと考えた。チャンネルはCh2(59.40~61.56GHz)とCh3(62.56~63.72GHz)を選択。映像伝送にはHigh Rate Phyを用い、通信制御にはLow Rate Phyを使うこととした。

 しかし、ミリ波採用には困難があった。まず、評価が難しいこと。サンプルを取り寄せたものの、簡易実験箱では、ミリ波の指向性を動的に制御して瞬時に障害物を避けるビームステアリングの環境を再現できない。Wi-Fi用の電波シールドボックスもマルチパス多発で評価にならない。10m電波暗室を借りても壁まで5mしかなく、指向性確認の用を成さない。結局、体育館に製品と電波吸収材を持ち込んで、ビームステアリングを試せる環境を作った。

 ミリ波の計測自体も、機器メーカーには難題だった。スペクトラムアナライザやミキサーなどをそろえるとコストは数千万円と高額になる。そこで、エプソンはホーンアンテナとパワーメーターを使って計測した。これならコストは100万~200万円程度に抑えられ、フィールドに持ち運んで試験できる。変調が見えず、絶対値の計測には向かないものの、メカ設計の妥当性を確認したり、指向性を評価する分には事足りると判断した。

リビングで反射伝送は期待できない

 筐体の設計段階でもいくつかの課題があった。一つはさまざまな設置スタイル。天井から逆さに吊ったり、高い所に置いたり、棚に筐体を埋め込んだり、プロジェクターの設置のしかたは多様で、アンテナは吸気口や排気口、レンズ機構がひしめく筐体前面に配置しなければならなかった。

 また、設計者がイメージする電波の直進性に基づいた通信範囲と現実にギャップが生じていたこと、反射を期待したいリビングの壁が障子やレンガなど材質が多様であること、天井も送受信と平行ではない場合がある(吹き抜けで高かったり角度がついていたりする)ことなども、設計の課題になった。

 こうした実際の使用環境にかんがみ、エプソンは、天吊りまたは正面置きしたときのLOS(見通し)通信の性能を確保する方針に回帰した。直接通信を重視して、送信側筐体の正面をドーム型にした。また、受信感度を画面に表示し、ユーザーが自ら通信品質を確認できるようにした。

 こうして、エプソンは2011年9月、世界で初めて、ミリ波を採用した家庭用プロジェクターを発売。2年半が経過した現在も販売を続けている。製品購入後のアンケート調査によれば、WirelessHDで接続しているユーザーは9割以上、有線HDMIを利用しているユーザーは4割ほどにとどまった。このため、現在では使わないHDMI端子などを覆う背面カバーを提供している。

 橋本氏は、機器メーカーがミリ波の評価・設計を行う難しさや、常時の反射伝送が期待できないこと、各国で異なる法整備状況などから、ミリ波採用のハードルは高いとしながら「しかし、市場の評価は高い。ミリ波は性能を信じて採用するに値する技術」と講演を締めくくった。