VPM技術研究所代表取締役所長の佐藤嘉彦氏
VPM技術研究所代表取締役所長の佐藤嘉彦氏
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──現場の品質水準を把握していない経営トップによる机上の判断、と言ったら言い過ぎでしょうか。海外生産への移行でコストを削減できるという考えで頭がいっぱいで、品質が落ちるかもしれないという心配にまで及ばないのかもしれません。ひょっとすると、「我が社は日本メーカーだから品質が落ちるはずがない」と無意識に思っているとか。

佐藤氏:クルマに「ドアオープニングライン」があります。ボディーとドアの隙間の寸法のことです。仮に平均が4mmの設計になっているとしましょう。許容値が±1mmとして、ドアオープニングラインは3~5mmの幅に入っていれば検査基準では一応合格ということになります。

 しかし、日本メーカーの検査基準はこれまで中央狙いでした。すなわち、中央値である4mmにそろえることを狙う。だから、フロントもリアもドアオープニングラインはピシッと4mmにそろっている。「3mmでも5mmでも検査基準内じゃないですか」と言っても、「だって、見てみろよ。こんなにバランスが崩れているのに格好いいと思うのか。こんなのでプロが造ったと言えるのか?」と一蹴されたものです。

 かつて、エンジンの音を聞いて緩んでいるボルトを当てる人がいすゞ自動車にいました。「そのエンジンを止めて分解してみろ。どことどこのボルトが緩んでいるぞ」と。分解すると、確かに指摘された箇所のボルトが緩んでいる。こうした職人的な品質基準を大切にする“精神”がかつて日本メーカーにはありました。

 しかし、グローバル化する中で、「許容値に入っているんだからいいだろう?」という声が大きくなってきた。多少格好悪いけど、ドアはちゃんと閉まるんだからいいじゃないかという意見が出てきたのです。それに対し、ダメだと言える人がいなくなりつつあるのではないでしょうか。

 確かに、許容値に入っているから品質基準としては不合格ではない。しかし、日本メーカーの品質が高いと評価されたのは、職人気質で見るからに良いものを造っていたことにあると思うのです。その精神を忘れたものづくりを今、日本メーカーが始めているのではないでしょうか。

 日本は1t当たり1万円に満たない鉄鉱石を、1t当たり200万円のクルマにして世界で販売しているのです。これぞ付加価値ではありませんか。品質の優れた製品を早く市場に提供しようと懸命に努力してきたからこそ、高品質の評価を得てきた。ところが今、その“精神”が崩れてきたのだと思います。