リーマンショックで大きな痛手

 経済産業省の2010年度の資料によれば、三条市の製造業に占める金属製品と電機機器・鉄鋼・生産機器の割合は73%と、全国でも非常に高い集積度を誇っている。従業員数20人以下の小規模な企業の比率が88%と高いのが特徴だ。

 興味深いのは、三条市には自動車や電機などの大メーカーの生産拠点が見当たらないことである。いわゆる「ケイレツ」ではなく、それぞれ1社1技術というような得意分野を持つ小規模な企業群が地域の中で有機的に連携し合う。その多様な加工技術の総合力を武器にさまざまな業界を相手に商売するという、裾野の広い産業構造を長い歴史の中で伝統として培ってきたのだ。

 しかしながら、2008年のリーマンショックによって製造業全体は大きく沈み、三条市の企業は全国平均を上回る痛手をこうむったという。

 この危機を受けて、「高い技術を持って、いかに高品質なものを作ったとしてもその価値に見合った価格で販売することは難しい」と考えた三条市が産業活性化のために目指したのが、企業の「価格決定力の確保」である。

 端的に言えば、“受身型”から“提案型”への体質転換だ。価格決定権を流通や市場に握られている同市の多くの企業の体質を転換するために、製品の高付加価値化を進める取り組みを、市を挙げて開始したのだ。

 もちろん、すぐに高付加価値な製品を生み出すことは困難である。そこで、三条市が掲げたのが“コト・ミチ人材”の活用だ。

 コト・ミチ人材の定義は「製品(モノ)に関する他と差別化された独自の価値(コト)づくりからその価値が伝わる流通(ミチ)の確保までの全体の世界観を構築し、展開する人材」。要は外部の強力な人材と三条市の企業を連携させて、新しい製品を生み出そうというものだ。