ソニーの経営者は、自らの精神を改革せよ

 とは言え、なにしろビジネスの本質は、顧客価値を生むことであり、社会貢献(ただし、対価を伴う社会貢献)である。そして、本質的に、ビジネスマンとは、より楽しんで仕事をするときに、より大きな顧客価値を生むものだ。だから、本質的に、より社会貢献を楽しむビジネスマンは、より稼ぐと考えていい(投機のように、顧客価値を生まなくても稼ぐ活動はあるが、それはビジネスではない)。

 かつてのソニーは、より社会貢献を楽しむビジネスマンはより稼ぐことを(厳密にではないものの)どこよりも深く分かっており、そのことを端的に示す話が、山ほどある。

 ソニーの創始者である盛田昭夫さんは、こともあろうに入社式で「ソニーで働いても楽しめないと思ったらすぐに辞めなさい」との強烈なスピーチを、毎年欠かさず行っていた。また、「会社ではなく、社会のために働け」とも言っており、実際、「会社のため」ではなく「社会のため」に働くという者が社員の多数を占めていた。「ソニーは社員という社会の財産を預かっている」と言ってやまない管理職がたくさんいた。そして、ソニーのもう1人の創始者である井深大さんは、社内を頻繁に回って社員たちに「仕事、楽しいですか?」との言葉をかけていた。

 繰り返しとなるが、ソニーはビジネスの本質にどこよりもはるかに迫れていたのである。しかし、井深さんが1990年に取締役を離れ、既に名誉職的な立場に退いていた盛田さんが1993年に病に倒れるなどする中で、ソニーはビジネスの本質から離れていった。

 私がソニーを辞めた1995年の時点で、もう相当ビジネスの本質から離れていたと思う。「会社のため」に働くという者が多数を占めるようになっていた。投資会社の社員のような仕事ぶりの連中が増えていた。使えないエコノミストやコンサルタントのような仕事ぶりの連中もだ。要は、社会貢献の楽しさを重んじる企業ではなくなっていた。

 そして、奇しくもその年に社長となった出井伸之さんの下で1990年代後半から始まった大規模な人員削減は、2014年2月時点で累積7万人以上に達している(「ソニー、7万人削減でも見えない復活」、『Business Journal』、2014年2月13日より)。世の中には、これを徹底的な企業改革の事例として好感する愚か者も少なくないが、何度も言うように、企業の本質とはビジネスマンという人間の集まりである。だから、企業改革とは人間の集まりの改革であり、人間の集まりの改革とは、つまるところそれを形成する個々人の精神の改革だ。よって、個々人の精神の改革に繋がらないことは企業改革ではない。そして、大規模な人員削減が個々人の精神の改革に繋がるはずもない。つまり、大規模な人員削減は企業改革などという偉そうなものではなく、ただの経営の大失態でしかない。

 しかし、今回のソニーの中期経営方針やその発表の場での発言を見る限り、このことを経営陣が分かっているとは到底思えない。むしろ、「投資家視点」や「経済・ビジネスの専門家視点」で大規模な人員削減を徹底的な企業改革と考えており、それではまた同じことを繰り返しかねない。

 だから、これまで送ってきた『ソニーは「本質」に回帰せよ』とのメッセージは、第一義的にはソニーの経営陣に向けたものであることを改めて強調しておく。ソニーの経営陣一人一人が、「本質」への回帰という自らの精神改革を徹底的に行うべきなのだ。

 ただし、念を入れておくが、私はソニーのために物申しているわけではない。7年前の2008年に上梓した『ソニーをダメにした「普通」という病』(ゴマブックス)にも書いたように、私がソニーにいた頃と同様、ソニーらしいソニーを必要とする「社会のため」に物申しているのである。