杉田門下からは脳神経外科の分野で世界的に名を成す優秀な人材が輩出しているが、信州大学名誉教授で現在、小諸厚生総合病院院長の小林茂昭は、杉田が1978年名大助教授から信州大学脳神経外科初代教授として着任して以来10年間にわたって助教授を務めた。「私は杉田教授と手術するチャンスを生かすべくほとんどすべての手術に助手として入らせていただいたが、杉田教授の手術はかなりにぎやかなほうで、名古屋弁やらアホゥ! などの言葉でかなり叱られたことを思い出す」と語っている。

 新設学科にもかかわらず信州大学脳神経外科は杉田教授・小林助教授のコンビのもとで世界に知られる存在となり、小林教授時代に4つの国際学会を主催するなどしてさらなる発展を遂げる。世界中の脳外科医のバイブルといわれ、ドイツ出版賞を受賞した杉田著の手術書『Microneurosurgical Atlas』の扉には「With the Assistance of Shigeaki Kobayashi」と記されている。

 星たち五泉工場の開発スタッフが息を詰めて見つめる手術室のモニター画面は、いよいよ脳動脈瘤のネックに杉田がクリップを挟み込む場面にさしかかる。クリップは先に五泉工場から送り届けた数種類のものだ。突如、「エエイッ」と杉田がいまいましげにつぶやき、鉗子(かんし)からクリップを外して床に投げ捨てる。どこか使い勝手が悪いのだ。

●杉田教授からのクリップ鉗子の改良点の指示
「現在のCLIP鉗子はクリップのスプリングを保持している部分が隙間がとりすぎてあるので、Aneurysm動脈瘤にクリップをかけゆっくり閉じて行くと、その終わりの時にクリップの先端がズレてしまう。例えば上図ではじめにaの位置でクリップを閉めて行けば下図A図の如くになるずであるが、実際には鉗子をゆるめると特にゆるめた最終の時にaからbの位置にクリップがズレてしまって下段右B図の如くなって親血管の閉塞又は狭窄が起きてしまう。
改良:鉗子クリップ保持部分が鉗子を完全にゆるめてもクリップの先端がC図上下方向にガタがないようにすること」
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 全長で15ミリほどのサイズのクリップを患部に挟み込むには専用の鉗子を使う。脳動脈瘤への血流を止めるためにクリップのバネは強力で、専用鉗子でなければ容易に開かない。クリップの形状に合わせた専用鉗子の開発もまた星たちの課題だった。クリップが鉗子にぴったりと挟み込まれないと、クリップに損傷を与えたり、適正な把持力が維持できなかったりする。クリップと鉗子は一体であって、双方が寸分の狂いもなく適応しないと、使い勝手が悪くなる。

 別のクリップを鉗子に挟んで、杉田は再び手術にとりかかる。今度はうまくクリッピングができたようだ。立ち会う開発担当者としては、ホッと安堵すると同時に、投げ捨てられたクリップを目にすると、身の縮む思いもする。

 1度手術に立ち会うと、病院から遠く離れた五泉工場にいても、実際にクリップが使用される手術の場面が目に浮かんで、自分たちもまた患者の生命に直結している仕事をしているのだと強く思うようになる。杉田からの厳しい改良点の要求にも、ヨシッ、やってやろうじゃないか、と立ち向かっていく闘志がわく。

 数々の難関に挑戦して開発依頼から3年を経た1976年、杉田の9項目の要求をすべて満たしたクリップが完成する。「杉田クリップ」の誕生である。