毒素の有効活用への挑戦

 「毒にも薬にもなる」という言葉があるように、毒と薬とは紙一重だ。

 大腸菌やサルモネラ菌などグラム陰性菌の細胞壁の成分である「エンドトキシン」と呼ばれる毒素を、癌に対する免疫細胞を活発化するために有効活用できないだろうかと発想し、その実験に打ち込んでいる若き外科医がいた。それが、滋賀医科大学第一外科講座、小玉 正智(こだままさし)教授のもとで研究に取り組む大学院生であった谷である。

 谷は金沢大学医学部を76年に卒業し、東京の虎の門病院外科に四年間勤務したのち滋賀医科大学第一外科に入局し、85年に同大学医学研究科外科学専攻博士課程を修了している。まだ助手にもなっていなかった大学院生のころから、エンドトキシンの生物学的作用に着目し、自然免疫を始動させる仕組みを癌治療などに応用できないか実験を試み、人工臓器の国内外の学会などでも発表していた。それがやがてトレミキシンの開発の端緒となる。

看護師さんが示すのは、世界初の吸着型血液浄化器「トレミキシン」。
(図版提供・東レ・メディカル)

 「トレミキシン(PMX)とは何ですか?」

 看護師などメディカル・スタッフに尋ねられたときに、わかりやすく説明するパンフレットを、販売企業の東レ・メディカルでは作成している。

 「トレミキシン(PMX)は、敗血症性のショック(感染性ショック)の状態に陥った患者さんに対して、血液浄化法によりエンドトキシンなどを除去し、患者さんの循環動態の改善を目的として使用される血液浄化器です」

 この記述からもわかるように、トレミキシンはエンドトキシンを除去する血液浄化器である、と説明されている。しかし、当初、谷が開発しようとしていたのは、エンドトキシンを血液中から取り去るためのものではなく、エンドトキシンを固定化して抗体反応を高めようとするものであった。固定化から除去へと逆転の発想を促すきっかけとなったのは、谷とともに研究・実験に携わっていた花澤が発したひと言である。