三人の外科医が成功要因としてもう一つ、挙げるものがある。「唯一恵まれていたのは、東レの一流の研究者たちと共同して開発に取り組むことができたことだ」

 そして、各人が印象深い東レの研究者の名前を挙げるなかで「開発にとくに大きく貢献した人物」と評価する二人がいる。

医学と高分子化学を融合させた小路久敬氏(現・東レ・メディカル理事)。

 寺本和雄(てらもとかずお)(元・東レ医療システム研究室主席研究員)と小路久敬(しょうじひさたか)(現・東レ・メディカル理事)だ。寺本については今回話を聞く機会が得られなかったので、次回に登場を願う。

 小路は、東レ繊維研究所の主任研究員だった寺本の仕事を受け継ぐかたちで開発に加わるが、困難に満ちた「トレミキシン」開発過程に初期段階から最終段階まで一貫してかかわり続けたただ一人の人物である。その研究成果をまとめた論文により、開発に携わった医師たちとともに「医学博士」の学位を得ている。

 「化学が専門の小路さんが、医学部の実験棟に通い詰め、われわれのような外科医と一緒になって手術着姿で、毎日毎日夜中まで動物実験に明け暮れる場に立ち会う。東レに入ってそんな日々を過ごさねばならないなんて、本人は考えてもいなかったんじゃないですか。実験もなかなか期待されるような結果が出なかったから、ずいぶんとつらい思いをされたと思いますよ。よくぞ逃げ出さなかったと感心します」(谷)。

 実際、理科系のなかでも生き物を扱う分野は苦手であったから、小路は大学で専門分野を選ぶにあたって化学を専攻したのだ。九州大学理学部化学科を1970年に卒業後、同大学院理学研究科で量子化学を学び、72年に東レに入社した。

 東レを志望したのは、指導教官から「東レは基礎研究所を日本で最初につくったところで、活発で自由に基礎的な研究ができる」と聞かされていたからだ。

 いまにして思えば、「活発・自由・基礎的研究」、この三つのキーワードに惹かれて東レに入社したことが、敗血症や敗血症性ショックにより命を落とす人たちの治療に大きな効果を発揮する血液浄化器――正確にいえば、繊維状吸着体を利用した敗血症治療用デバイスの開発へとつながる道であった。