2014年のノーベル物理学賞を「青色LEDの発明」に関して中村修二氏らが受賞したことで、2001年に中村氏が発明の対価を要求してかつての勤務先を提訴した、いわゆる「中村裁判」が再び注目を集めている。この裁判は、企業業績に大きく貢献した技術者を企業はきちんと処遇しているのかどうか、あるいは技術者の社会的な地位をもっと高めるべきではないか、といった議論を呼び起こした。ここで法的にポイントになるのが、特許法における「職務発明制度」の規定(第35条)である。

日亜化学工業の青色LED
日亜化学工業の青色LED
いわゆる「中村裁判」において、裁判所は中村修二氏の発明が「職務発明」であると認定した。
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 職務発明は、企業の職務に沿って従業員が成し遂げた発明を指す言葉だ。この職務発明による特許が企業のものか、個人のものかで利害が対立することがある。典型的には、その特許によって企業が多額の利益を得ているのに、個人に対する報酬が少ない場合である。「特許は企業のものか、個人のものか」は古くから議論の的であり、現在も継続して政府の委員会(産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会)などで議論が続いている。

「相当の対価」をどう計算するか

 特許法では、発明に関する特許はその発明を成した個人に帰属するのが原則になっている。職務発明制度についてもその原則は同じであり、特許法第35条では職務発明の特許を個人が受けることを前提に、企業にその特許を承継させることも認め、その際個人は「相当の対価(補償金)」を得る権利を持つとしている。要するに、就業規則などで「職務上の発明は企業のものとする。その際これだけの報酬を支払う」と規定して、特許を個人に帰属させないことを認めている。

* 企業は特許の通常実施権は持つことになっている。

 2000年ごろ、中村裁判をはじめとして日本で発明者が元勤務先を訴えるという裁判が目立ったが、その論点は「相当の対価」の額だった。当時の特許法(昭和34年法)では、「相当の対価」の算定方法については「その発明によって企業が受ける利益と、個人が貢献した程度を考慮して定める」としか規定していなかったため、もし双方に不服がある場合は、裁判で争った末に決めるしか方法がなかった。中村裁判では、原告は「相当の対価を得ていないから、特許の帰属は個人である」とも主張したが、これについては東京地方裁判所の中間判決(2002年)で「特許の帰属は企業である」とされたため、論点は「相当の対価」として妥当な額はどのくらいか、に絞られた。

 中村裁判での「相当の対価」は、東京地裁では604億円(判決は請求額だった200億円)とされ、東京高等裁判所で和解が成立した際には約6億円(損害遅延金を含め8億円強)とされた。金額は大きく変わったが、ともに「企業が受けた利益」と「個人の貢献割合」という要素によって算出している点は同じであり、これらの要素を具体的にどう評価したかが異なる(厳密には、東京地裁では主となる特許1件のみについて、東京高裁は関連する特許を全部含めての算定である)。

 その後2004年に、特許法第35条は改正(平成16年法)になり、「相当の対価」の算定方法は企業と従業員の間の自主的な取り決めに委ねることになった。あらかじめ企業と従業員の間で十分協議しておくなど、「不合理でない」規定を設けることが前提とされた。個別の事例で、もし「不合理である」と裁判所が認めた場合(あるいは規定そのものがない場合)は、「相当の対価」は昭和34年法と同様に裁判で「企業が受けた利益」と「個人の貢献割合」から算出することになる。