承前

 1989年末、辞表提出をかろうじて踏みとどまった私は、個人で部品共通化の方法論の研究に着手した。世はバブル経済の最盛期であり、東京都の土地代で米国全土を買えるという誰が考えても異常な時代だった。そんな状況は、いずれ破綻するはずだ。バブル経済が破綻したら、部品共通化を求められる時代が必ず来る。そう考えて社内を見渡したら、部品共通化に関する資料が多数見つかった。10年ぐらい前の部品共通化活動の資料や、自動車メーカー各社の発表資料、当時マツダに資本参加していた米Ford Motor社の資料などをかき集め、片っ端から熟読した。

 10年ぐらい前の部品共通化活動は、自動車を構成する機能部品の中で技術進化があまりないと思われる数百の部品を選んで標準化していた。それでも10年後に見ると、ほとんど使い物にならない古い形状のままになっていた。技術進化に合わせて更新するメンテナンスができていなかったということであり、メンテナンスを確実にするための仕掛けも同時につくることが必要であると感じた。

 自動車メーカー各社の発表資料も、部品共通化の方法論を研究する上で大いに役立った。特に実感したのは、部品共通化の効果を定量化することの重要性である。例えば、日産自動車の海原陽氏は、投稿論文「製品開発と標準化管理」(『自動車技術』、自動車技術会、Vol.25、No.9、1971年)で部品共通化のアプローチ法を解説していたが、その最大の課題は共通化によるコスト低減の定量化であると述べていた。

 トヨタ自動車の福島左千男氏は、投稿論文「製品企画段階から進めるトヨタの部品共通化」(『IE』、日本能率協会、1978年臨時増刊号)で、部品共通化は個別最適設計に比べてコストが上がることが多く、それが最大のネックであると述べていた。そのため、同社の共通化委員会の委員長である担当取締役は「軽量、コンパクト、低コスト、共通化を設計基本理念とし、その上で要求された性能を満足し、要求された耐久性を満足させよ」という苦しい指令を出していた。

 この論文の末尾に、部品共通化によるコスト計算図表が添付されていたので、試算してみた。もっともらしい図表だったが、ほとんどの場合、部品共通化によるコスト低減効果は部品1個当たり年間数円程度であり、VEで部品を新設するコスト低減効果を超えられない。つまり、個別最適コストを追求して部品を新設した方が良いという結論になる図表だった。部品共通化の効果は、具体的な数値として現れるコスト低減効果だけではなく、リードタイム短縮効果、品質不具合低減効果、そして定量化しにくいが経営的には重要な種々の間接費低減効果などもある。だが、それらについても具体的な数値として示さなければ、部品共通化活動を活性化できないと認識した。

 Ford社が社内向けに作成したビデオ「ダイバーシティーの削減」を見たら、「部品共通化を進めるために自動車やコンポーネントの種類を削減せよ」という内容だったので、これはだめだと思った。もちろん、顧客が要求する種類に絞れという趣旨だったが、部品共通化のために製品種類を削減するという発想が単純であり、往々にして顧客満足を阻害して売り上げを落とす結果になると考えた。