1992年10月のある土曜の朝のこと。東海道線の電車が、名古屋市熱田の辺りを通過するところでした。

 「あれだ…」

 休日出勤で会社に向かう一人の男性が、車窓から覗く風景に目を奪われたのでした。彼の目に飛び込んできたは1棟のビル。外壁の一角に模様がある、特徴的なデザインです。

 その男性は日本電装(現・デンソー)でバーコードの読み取り機の設計を担当していた原正弘氏(現・デンソーウェーブ AUTO-ID事業部 技術2部 技術2室 室長)。2014年8月で誕生から20周年を迎えた、「QRコード」の開発者です。日経エレクトロニクス2014年8月18日号の特集「デンソー、次の10年」の取材でお話を伺ったのでした。

 QRコードの開発秘話の中で特に面白かったのが、アイデアを生み出すための“奇策”です。バーコードに限界を感じて新しい2次元コードの開発に着手したものの、「最初の3カ月は机に向かって頭を捻らせ続けていましたが、いいアイデアは何も出てきませんでした」(原氏)とのこと。

 困り果てた原氏が目を付けたのがα(アルファ)波でした。人がリラックスした時に発するとされる、あの脳波のことです。1992年ごろはちょっとしたα波ブームで、α波を測定できることをうたうオモチャが販売されていました。原氏はたまたま、日本電装の知財担当の同僚がこのオモチャを手に入れたことを知ります。

 新しいアイデアは、α波が出ているようなリラックスしているときに生まれるはずだ――。そう考えた原氏は、同僚に頼みこんでおもちゃを借りることに成功。1週間ほどかけて様々な環境で測定し、自分がリラックスできる“条件”を探ったのでした。