キャリアにもプラスとマイナスがあるように思う。一般的にキャリアというのは、出身大学や就職先、そこでの出世のスピードや、よい転職先のことなどを言うが、このようなキャリアは上昇傾向にあるので、プラスのキャリアと言いたい。

 対してマイナスのキャリアとは、降格や左遷、あるいは、転職しても以前に劣る会社に勤めるような場合である。どちらかと言うと、上手くいっていない状況である。

 さて、プラスとマイナスのキャリアをみるとき、多くの人は、プラスのキャリアを好ましいことと捉えるのではないだろうか。それはその通りだが、私はマイナスのキャリアこそが大事であると考えている。

 以前、こんなことがあった。突然、何年振りかと思うくらい、久し振りに友人から電話があった。「俺、転勤なんだ。それも、明らかに左遷なんだよ」。この友人、少々のことには動じない。もっと言えば、ふてぶてしいタイプともいえる。なのに、それはそれはひどく落ち込んでいて、うめくような声で嘆くのだ。

 大学を卒業して入社以来、オーナー社長に可愛がられ、一貫して本社の中枢を歩み、これまで降格はもちろん、本社以外の地方勤務など一切なかったのだ。誰が見ても、順風満帆、出世街道まっしぐら、その男が生まれて初めて打ちのめされたということだ。

 彼の心中は手に取るように分かる。突然の左遷人事に驚愕し、魂を抜かれたような虚脱感。まさに彼にとって、初めての挫折であったのだ。「これで、俺の人生は終わってしまった。今までのキャリアもおしまいだ」と嘆くばかりである。

 聞けば、かわいがってくれたオーナー社長が引退し、その息子さんが社長に就任して初めての人事異動らしい。私は異動(本人は左遷と思い込んでいるが)を決めた社長には会ったことはない。しかし、この話には少々感じることがあった。それは、この友人は確かに優秀でそつがないのだが、一点、失敗経験が不足していたのではないかということだ。