正直に言うと、初めは気乗りしない企画でした。2カ月ほど前、「こんな企画できないかな。きっと何か見えてくると思うんだよね」と持ちかけてきたI編集長に、「今さら取り上げても」「限界は見えている」などと反論したことを覚えています。

 『日経エレクトロニクス』2014年6月23日号に掲載した特集「全員開発者の時代」の話です。

 この特集は、「Arduino」や「Raspberry Pi」などのオープンなハードウエアが登場したことのインパクトを再検証し、それが示す未来を探ろうという企画からスタートしました。機器の試作やメディアアートの製作に適したハードウエアが普及し、「確かに試作はラクになったけど、量産への移行に大きな壁がある」といった声が目立つようになったからです。

 しかしながら、冒頭のように筆者は反論しました。マイクロコントローラーやマイクロプロセッサーのメーカーが提供する開発用ボードや、機器への組み込みを想定したコンピューターボードのように、ArduinoやRaspberry Piに似たハードウエアは以前からたくさんありました。「いわゆる『メイカー』ブームに乗って持てはやされているだけで、何かが大きく変わったわけじゃない。試作と量産の間には大きな壁があって当然だ」──。こう捉えていたからです。

 取材を進めて記事をまとめ終わった今、あれやこれやと反論していたことをI編集長に謝らなければと思っています。気乗りしなかった当初とは違い、とても前向きな気持ちで記事をまとめることができたのです。2カ月前のことをもう忘れていてくれたらいいのですが…。

 ArduinoやRaspberry Piといったオープンなハードウエアは、ハードウエアそのものが抜本的に変わったわけではありません。しかし、それを取り巻く人たちや、その使い方が大きく変わりました。こうしたオープンなハードウエアの真価は、そこに集まる開発者たちにこそあるのです。その様子から、エレクトロニクス産業の未来が透けて見えてきました。

 機器の試作に利用する開発者、周辺部品の開発者、互換品の開発者、ソフトウエア開発・実行環境の開発者などが集まれば、そこにはたくさんの成果物が蓄積されます。そして、それらの成果物が新たな開発者を呼び込むことになります。人が集まる仕掛けをうまく作ったコミュニティーが強い力を持つのは、IT業界がソフトウエアのオープンソースコミュニティーで見てきた通りです。

 「より多くの人が、より簡単に、より多くの用途に使える開発基盤」──。強い力を持ったハードウエアのコミュニティーが目指すのは、こうした方向でしょう。

 「我が家ならでは」「うちの部署ならでは」の限られた用途の機器やシステムを、素人でも組み上げられる世界です。「ちりも積もれば山となる」。エレクトロニクス産業が、ついにロングテール市場に足を踏み入れることになるのです。そうした未来を想起させる新世代のハードウエアもたくさん登場しています。詳しくは、ぜひ特集「全員開発者の時代」をご覧ください。

 最後に、本誌の新しい試みについても紹介させてください。今回の特集のデジタル版は、日経エレクトロニクスのキャンペーンの一環として2014年7月末まで無料公開されます。関連記事も期間限定で公開中です(キャンペーンのページ)。購読者の皆様も、そうでない方も、日経エレクトロニクスに触れる機会としていただければ幸いです。