3年ほど前に「無線LANが目指すもの」というタイトルで、記事を書きました編集部注)。そこでは、「より速く」「より安く」「より遠く」「より安全に」をテーマに無線LANの現状と過去、未来を語りました。それから3年が経った今、もう一度これらのテーマを振り返ってみます。

編集部注)「無線LANがめざすもの」の記事はこちら(サイレックスのサイト)にあります。本コラムの掲載時期の問題から、「今さら聞けない無線の話」には転載しておりません。

1.より速く

 2012年頃からスループット1Gビット/秒以上をうたうIEEE802.11ac規格に基づいた製品がリリースされ、見るみるうちに品種も多く・価格も安くなりました。予想したとおり、既存技術(5GHz)の延長線上にある11ac対応製品の製品化は早かったものの、異種のノウハウを必要とする60GHzを用いる11ad対応製品は出遅れているようです。

 「1Gビット/秒 Wi-Fi」の実現を受け、気の早いネット記事などでは「1Gビット/秒の次は10Gビット/秒だ」とうたい、実験的なシステムの成果を「ブルーレイDVD(25Gバイト)が30秒で転送できる」などと挙げて、さも実用化間近なように書いているところもありますが、閉じた実験室内で達成された成果がすぐに実用システムに適用できるわけではありません。有線LANが1Gビット/秒から10Gビット/秒になったのだから、同じ技術を無線LANに反映すれば、という訳にはゆかないのです。

 物理法則としてシャノン限界が存在する以上、情報伝送速度を上げるためには占有周波数帯域を広げるかS/N比(≒送信出力)を上げる必要があり、そして伝送媒体に電波を用いる無線通信では、占有周波数帯域と送信出力の両方を法律で抑えられています。物理的限界内なら何でもできる有線通信と、法律でガンジガラメな無線技術の性能向上阻害要因は根本的に異なるのです。

 既存の法制範囲内で情報密度を上げるアプローチも、11acで採用された256QAMが実用上限だと思います。32×32コンステレーションの1024QAMなんて実用にならないでしょうし、仮に実装してもシンボルあたり情報量がlog2(256)=8bitからlog2(1024)=10bitに上がるだけ、すなわち25%の向上にしかなりません。

 端的に言って、私は「より速く」という方向性は802.11acで打ち止めではないかと思っています。60GHzを使う802.11adには高速化の可能性がありますが、それでも10Gビット/秒は非常に高いハードルです。また60GHz独特の通信距離の短さやピーキーな指向性という不便を上回るほどの魅力があるかについても、やはり懐疑的に思っています。過去にUWBが手痛い教訓を残したように、見通し5m程度なら有線で繋いだほうがはるかに安く、簡単・確実に高速通信が実現できるのですから。