この仕事をしていると、実に様々な人に出会う。しかも十人十色、個性あふれる人たちに会えるのだから、ありがたい(有難い)。しかし、多くの人に会えるのが有難いのではなく、その中で、槍のように突き刺さる教訓を与えてくれる人がいる。そして、そのような教訓にも、よい教訓もあるし、その逆もある。いずれにしても、私とっては得がたい教訓であるから、本当に有難いのである。

 教訓も、大別すると二つある。一つは、そのようになりたいと精進したくなる教訓と、もう一つは、してはいけないと気付かされる教訓である。それを「反面教師的教訓」と言うことにするが、反面教師的教訓には、そう簡単に出会うことはない。しかし、出会ったならば、それこそが超レアで大事な教訓になるのである。

 大体、人は自分の失敗や不都合なことは言わないものだ。第一、カッコ悪いし、後味の悪いことも多いので、そう簡単に喋ることはない。もっと言えば、「実は、こうしたから会社がつぶれた」とか、「こうすると嫌われる」などと教えてくれる人はいない。

 さらに、これも長年の間に気付いたことだが、レアで大事な反面教師的教訓は、その本人自体も気付かないものだ。それは、無意識の内にある行動の結果であるからだ。また、周囲の人に気付かれないことも多い。なぜなら、その結果はほとんどよくないことなので、大らかに話すことではないからだ。つまり、反面教師的教訓は潜在的なものであり、そもそも出会うこと自体が稀(まれ)なのだ。

 しかし、そのような場合に起こる事件は、そう簡単なことではない。会社の業績が低迷したり、リストラをしたり、争い事になったり、中には倒産したりする場合もある。だから、このようなとき、当事者や周辺の人たちは、嫌なことを早く忘れたいが故に、自分の口を封じて押し黙るのである。