最近、『ジョブズの料理人』(日経BP社出版局)という本を読んだ。米Apple社(以下、アップル)の共同設立者の1人であるスティーブ・ジョブズ氏(以下、敬称略)を主人公としたものではなく、米国シリコンバレーで奮闘した1人の和食シェフに関する物語である。これを読んで、ジョブズがすしやそばなどの和食がいかに好きだったかを知ることができた。ただ、その一方で、「ジョブズはどうして和食が好きだったのだろうか」という疑問が残った。今回は、この本を読んで筆者が感じたことや考えたことを共有したい。

禅、ジョブズ、アップル製品

 インドと中国で発祥した禅は鎌倉時代に伝来して以来、日本の生活・文化に多大な影響を与えたという。明治維新以降は、日本の禅が世界に伝えられた。ご存じの方が多いと思うが、ジョブズと禅には深い結びつきがある。公式伝記『スティーブ・ジョブズ』(講談社)と『ジョブズの料理人』などによると、ジョブズは青年時代から禅と接し、曹洞宗の僧侶である乙川弘文氏に師事していた。禅から、「抽象的思考や論理的分析よりも直感的な理解や意識のほうが重要だと、このころに気づいたんだ」(公式伝記『スティーブ・ジョブズ』)という。禅はジョブズの人生観を一変しただけではなく、ライフスタイルや製品開発にも影響を与えた。

 禅という漢字は、「示」(しめす)偏に「単」という旁(つくり)で構成されている。その文字が表しているように、複雑なことをシンプルに捉える直感力にフォーカスするのが禅の真髄だ。それはジョブズの成功の要因の1つでもあるとも言われる。

 実際に、アップル製品には、禅の真髄が込められていると感じさせられる。携帯型音楽プレーヤー「iPod」、スマートフォン「iPhone」、タブレット端末「iPad」では、ボタンの数がそれまでの携帯電話機と比べて極端に少ない。表の面に出ているのはたった1つで、丸いボタンのみだ。また、iPadやノートパソコン「MacBook Air」では、LANを挿し込む口がない。「無線LANを使えばいい」という考えからだ。

 アップルでは、製品ラインアップにおける品目数もかなり少ない。数えられないほどの製品を持つ日本の総合電機メーカーと大きく異なる点だ。

 そして、こうしたシンプルさは、製品だけにとどまらず、ジョブズのライフスタイルにまで及んでいる。ジョブズがいつも着ていたのは、シンプルなタートルネックのシャツ。襟やボタンのあるワイシャツではない。しかも、柄のない単色のシャツで、色も黒というシンプルさだ。そして、そのシンプルさはジョブズの食にまで及んでいたのだ。