技術者こそ、ユーザーに直接会うべき

 iQONの開発チームは、このタイミングでそれまで以上に本腰を入れて、ユーザーの行動分析に取り掛かりました。率先して、その分析を実行したのは技術者たちだったようです。

 iQON開発チームが採用した手法は、インターネット関連のサービスイメージとは少し離れたアナログチックなものでした。ユーザーと実際に会ってインタビューするという手法です。かなり多くのユーザーに協力してもらい、直接会って話を聞いたといいます。

 ユーザーの「生の声」を聞く取り組みと同時に実施したのは、ビデオ撮影でした。ユーザーが、iQONのアプリをどのように使っているか、自分たちが想定して提供した機能やデザインが、ユーザーにどのように受け入れられているか、開発者とユーザーの間にある溝を検証することが目的です。アプリを使い始めてから、継続的に使う人と、あまり使わなくなる人の分かれ道がどこにあるのかを、ユーザー体験の一連のサイクルから導き出してみようというわけです。

 このように書くと、まるでiQON開発チームが当初はユーザーを見ていなかったと誤解されるかもしれません。もちろん、そんなことはなく、開発当初からユーザー目線を意識して開発を進めていたそうです。技術者の大半が男性だったこともあり、周囲の女性に使ってもらい、意見を機能開発にフィードバックする取り組みをしていました。

VASILY CTOの今村氏
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 しかし、多くのユーザーとリアルに会う機会を開発プロセスに意識的に入れ込むことで、それまで見えてこなかったことが見えてきたといいます。

 今村氏をはじめとする技術陣が最も驚いたのは、自分たちが便利だろうと思って作った操作ボタンのユーザーインターフェース(UI)を使っていないユーザーが多かったこと。開発者の意図とは全く異なる使い方は目から鱗で、開発者とユーザーの間にある溝を痛感する体験でした。

 画面表示のスピードを向上させる目的で、ある機能を追加したときに、ユーザーから一向に早くならないというコメントが寄せられたこともあったそうです。その理由は、開発拠点が通信環境の整った東京だったことにありました。ユーザーは東京ほど通信環境が良くない地方にもいるということに気付くキッカケになったようです。

 iQONの開発チームは、こうしたユーザーの声を引き上げながら地道な改善を継続しました。当然のことながら技術者は自分が開発しているアプリのことをよく知っています。ユーザーリテラシーの観点では最上位に存在しているわけです。技術者目線では、ユーザー体験をどうしても最も上の水準に合わせがち。でも、iQONユーザーは、必ずしもアプリやスマホの操作に長けているわけではありません。

 だから、サービスを成長させていくには、アプリに触れるユーザー体験の「一連のサイクル」の謎解きをしなければならないのです。このサイクルの検証がないまま、無闇に機能追加をしてしまうと、せっかく使い始めたユーザーが離れていくことにつながりかねません。

 最も大切なのは、開発陣が自分たちとユーザーの間にある溝を痛感することです。技術者の人数には限りがありますから、本当に優先されるべき機能の開発に時間を投入するためにも、定期的にユーザーの声に耳を傾ける取り組みは必要な作業でしょう。