コラム

 エストニア共和国は、ロシア・ラトビア・フィンランド3国の間、バルト海沿岸に位置し、国土は4万5227km2、そのうち50%強が森林地帯である。人口130万人のバルト三国の一国だ。EU(欧州連合)への加盟は2004年5月1日で、通貨はユーロ、定額制の所得税は21%となっている。

 他のスカンジナビア諸国と同様、15歳以上の国民はICチップ搭載のIDカードを保持している。いち早く電子行政システムが導入された例として、日本や欧米諸国でも注目が高い国である。

 筆者は、1994年にエストニアに在住しており、その当時は普及し始めた『家庭に一台』のテレビを通して、欧米事情をうかがうというところであり、物価も日本やスイスから比べると桁が一つか二つ異なるレベルで驚いたのを記憶している。しかし、現在は、そんなかつての東欧諸国という風潮には出くわさない。2001年から2007年にかけて経済急成長を果たし、ICT技術先進国へと急激に進化を遂げた。

 そのエストニアは今、“eHealth先端国”と称されている。その所以を、ヘルスケア・セクター専門家のぺーター・ロス(Peeter Ross)博士1)に聞いてみた。

1)Peeter Ross, MD, PhD (ペーター・ロス博士、メディカル・ドクター)
Tallinn University of Technology, Estonia(タリン工科大学准教授)
Estonian E-Health Foundation. (エストニアeHealth財団)
East Tallinn Central Hospital (東タリン中央病院)


 エストニアの電子行政体制は、2000年の国家的戦略基盤のもとに始まった。2002年に国民のIDカード制度の施行、2005年には世界に先駆け電子投票制度が実施された。認証などの問題解決を促進するため、公共機関や銀行がこの電子行政体制の実施に大きく貢献した。

 続いて2007年、モバイルID、ePolice システム稼働、2008年にはeHealth システムの実用化、2010年に処方箋の電子処理、データ転送、2012年には国勢調査の電子化へと一挙に完全IT体制型国家へと変革を続けている。

 ITの普及率を見ると、行政や学校は100%のブロードバンド接続率、金融機関の電子取引は99%にのぼり、95%の国民がインターネットで所得税申告をするという高い標準だ。例えば、5月2日に確定申告をWeb上で行えば、5月9日には払いすぎた税金が返還されるというスピードである。2カ月ほどの処理時間が必要なスウェーデンと比較しても、エストニア行政の処理能力スピードは異例である。

 エストニアでICチップ搭載型のIDカードが普及した背景には、このカードを所持するだけで医療機関を始めとするほとんどの公共機関のサービスにアクセスできる利便性があった。

コラム
エストニア電子行政アーキテクチャー

 現在、日本を含めた各国では、医療機関のIT化が急激に進んでいる。膨大で、さまざまな形式の医療情報が多種多様なシステムで管理されており、迅速な共有化・統一化が必須だ。患者の流動化も進んでいることから、医療情報の統合や異なる医療機関でのデータの共有が各国の抱える重要な課題となっている。医療情報のIT化を促進する上で、最も緊要な点は、住民のデジタル化への認識と参加意欲である。

 2012年、エストニアの医療コストは国民総生産の6.3%を占めた。エストニアの医療ITの躍進は、その健康保険制度の改正を含めた医療システム全体の抜本的改革の成果でもある。