イノベーションのジレンマ

 汎用コンピュータ向けの長寿命DRAM市場で、日本企業は成功した。その同じ日本企業が、パソコン向けの安いDRAMという新市場に対応できなかった。この現象は「イノベーションのジレンマ」の好例、という指摘がある[湯野上、『日本「半導体」敗戦』、光文社、2009年]。同感である。

 既存市場で成功している優良企業には、破壊的イノベーションの実践は難しい。破壊的イノベーションによって新市場を開拓するのは新興企業であることが多い。これが「イノベーションのジレンマ」の中核概念である[クリステンセン、『イノベーションのジレンマ』、翔泳社、2000年]。汎用コンピュータ向けの長寿命DRAMで成功した日本企業は、寿命は短いが安いDRAMという新市場(パソコン向けDRAM)に対応できなかった。

 日本のDRAMメーカーが成功していたころ、得意先は汎用コンピュータ・メーカーだった。上得意に御用聞きに行く。「今後どんなDRAMをお望みですか」。答は必ず、こうだ。「長寿命で高性能のDRAMが欲しい」。そこで日本のDRAMメーカーは、もっと長寿命で高性能のDRAMを実現すべく、開発に励む。

 しかしDRAM市場の主役は、汎用コンピュータからパソコンに交代していく。新しい主役パソコンはDRAMに長寿命を求めず、低価格を求める。けれども日本のDRAMメーカーは長寿命品の追求をやめられない。なぜなら上得意が長寿命品を求めるからである。しかしその上得意は、DRAM市場ではマイナーな存在になっていく。結果的に高価格となってしまった日本製の長寿命品は、新市場(パソコン向けDRAM市場)には受け入れてもらえない。

 Micron社やSamsung Electronics社はパソコン向けに、寿命は短いが低価格のDRAMを売り出し、やがて市場では日本製品を圧倒する。日本メーカーは汎用コンピュータ向けの長寿命製品で成功しすぎたため、パソコン向けの低価格品が作れない。

 性能(ここでは寿命)で劣る新製品が、別の特徴(ここでは低価格)を評価され、新市場を開拓する。たしかに「イノベーションのジレンマ」の好例と言えよう。