トヨタ自動車でハイブリッド車(HEV)初代「プリウス」のハイブリッドシステム開発リーダーを務め、その後2003年の2代目プリウスに搭載した「THSII」などハイブリッドシステム全般の開発を手がけた八重樫武久氏(現コーディア代表取締役)が、ハイブリッド車および次世代環境車を展望する連載「ハイブリッド進化論」。第5回は、「2013-2014日本カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞した新型「ゴルフ」と、次点になった「フィットハイブリッド」について見ていく。

 2013年の11月23日に「2013-2014日本カー・オブ・ザ・イヤー」受賞車の発表があり、ドイツVolkswagen社の7代目「ゴルフ」が、輸入車として初めて同賞を受賞した。次点はホンダの新型「フィット/フィットハイブリッド」であった。前評判でも、フィットとゴルフの争いと見られていたが、ここまでの大差を付けての受賞は正直なところ意外な結果だった(投票結果は1位から、ゴルフが504点、ホンダフィット/フィットハイブリッドが373点、ボルボV40が167点)。筆者も上位2車には注目していたので、今回はそのパワートレーン技術と試乗で感じたポテンシャルについて取り上げたい。

 ホンダが9月に発売した新型フィットは、直後の10月の国内新車販売台数で2万3218台を記録し、トヨタ自動車の「アクア」「プリウス」抜いて2年半ぶりに首位に返り咲いた。フィットは販売台数のうち70%以上をハイブリッドが占めているとし、6月に発売した「アコードハイブリッド」に続き、日本のハイブリッド車(HEV)販売を牽引してきたプリウス、アクアの強力なライバルとしてHEVの普及に貢献するものと期待している。

 フィットのハイブリッド方式は、7速DCT(Dual Clutch Transmission)と1モータを組み合わせた「i-DCD」と呼ぶ新方式で、Liイオン2次電池を搭載、さらに本格的な回生協調ブレーキの採用などと合わせて、アルミニウム合金製の前部フードを採用した、燃費バーションではJC08モードで36.4km/Lを記録した。これは、部分改良前のアクアの燃費である35.4km/Lを上回っている(アクアは2013年12月2日から発売する部分改良車で国内最高燃費となる37.0km/Lを実現)。変速機は、ゴルフと同様の7速DCTで、いずれの車種も変速が素早く、低コストでしかも小型の乾式クラッチを採用している。

 フィットのi-DCDは、奇数段の1、3、5、7速歯車がつながるメインシャフトに遊星歯車を介して最高出力22kWのモータを搭載している。モータ駆動、回生作動が奇数段に限定されるこの構成を選んだのは、モータを小型化して変速機の全長を短くしないと車両へ搭載できなかったためだろう。この制約によって、下り坂での減速時や低速での緩やかな登坂において、モータによるアシストが途切れたり、回生を使うためのダウンシフトに違和感を感ずる部分もあるが、こうした点は今後の改良に期待したい。

図◎「フィットハイブリッド」のハイブリッドシステム
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 DCTのクラッチを切ると、エンジンの連れ回りなしに高車速域までモータで減速エネルギを回生できるほか、利用できるSOC(充電状態)の範囲が広く、充放電時により多くの電流を流せるLiイオン2次電池、回生協調ブレーキを組み合わせたことによって燃費を向上できた。

 もう一つの大きな特徴がエンジンの進化である。圧縮比を13.5と高め、吸気弁を遅閉じするアトキンソンサイクルにクールドEGR(排ガス再循環)を採用、最高熱効率を高めた上で熱効率の高い領域も拡大した。これらの要素技術はアクア、プリウスと同じだが、ホンダ独自の可変バルブタイミング・リフト機構の「VTEC」を採用したのも特徴の一つだ。1気筒当たり2個の吸気弁の一つを作動させず片方の弁から吸入し、空気のタンブル流(縦の旋回流)を強め燃焼改善を図っている。ホンダが公表する熱効率39%は、おそらく自動車ガソリンエンジンとして3代目「プリウス」を超え、世界トップと推測する。

 高回転域では、VTECを使い、同排気量のアクアの最高出力54kWに対し、50%上回る81kWを達成している。これと、電池からのモータの出力22kWを加えると動力性能では圧倒的なアドバンテージを持つ。

 排気の清浄性、出力性能、燃費性能の三つは、常に自動車エンジン屋としてその向上に取り組んできた基本性能である。筆者が関わった過去35年のガソリンエンジン進化への取り組みも、それぞれトレードオフ関係にある(1)排気の清浄性、(2)低燃費、さらに(3)高出力を同時に、もしくは他の性能を犠牲にせず高めることを常に開発のターゲットとしてきた。このターゲットは従来エンジン車でもハイブリッド車でも変わりはない。今回のフィットでは、ホンダ得意のVTECの応用でこの低燃費、高効率と高出力化を同時に大幅に改善したことを高く評価している。

 フィットハイブリッドの試乗は、東京都内、首都高速から東名高速に入り、小田原厚木道路を抜け、箱根新道を登り、さらに筆者がいつも評価に使っている伊豆、箱根周辺を走るルートで実施した。

 乗り慣れているアクアとの燃費比較では、信号停止が多く、流れの遅い大都市の一般道では20km/Lを割り込む結果となり、アクアがやや勝るように感じた。一方、高速道路における100km/h以下での走行では24~27km/Lと同等、高速での流れに沿った追い越し頻度の高い走行や、箱根新道の登りやそこからの大型トラック追い抜きなど、エンジンの高出力領域を使う走行ではフィットに軍配が上がる印象であった。

 THSおよびTHSIIの開発に携わってきた筆者が脱帽する燃費性能とまではいかなかったが、クルマの走りとしては吹け上がりの良いエンジンパワーを使う快適さを感じた。HEVに限らず、最近の燃費狙いの吸気弁を遅閉じするアトキンソンサイクルのエンジンでは、吹け上がりに“もぞもぞ”とした応答性の低さや、音色の悪さを感じるクルマが多いが、VTECの特徴を生かした高リフト、高回転化でパワーを高め、エコと走行出力の両立を目指した走りは久しぶりにホンダスピリットを彷彿せるクルマであった。