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第28回:グローバル生産を支える作業指示書(中) ―三菱農機の事例―

工程データベースを構築して製品バリエーションに対応

2013/11/12 00:00
鳥谷浩志=ラティス・テクノロジー代表取締役社長

 本連載第10回で、少量多品種の混流生産に対応するためにXVLによる工程設計を導入した三菱農機の事例を紹介した。同社は、この工程設計の結果を作業指示書として展開することによる部門間の情報共有と作業時間の短縮にも成功している。

 XVL導入前の2008年当時、同社の生産準備部門においては作業指示書の作成に時間がかかり、設計変更があってもそれを指示書に反映するだけの余力がない、という課題があった。めまぐるしく品種が変わる混流生産では、その時々に応じた的確な作業指示が必要不可欠だが、作業指示書の情報不足や設計変更対応の遅れが現場の足かせになっていた。そこで同社では2011年から、XVLを利用して工程を定義し、Lattice3D ReporterでExcelベースの指示書を自動作成する取り組みにチャレンジしてきた。

 その結果、主に板金部品加工について、XVLStudio上で3Dモデルを使って工程を設計した後、そのデータからLattice3D ReporterによってExcelの作業指示書を自動的に生成する方法が定着した。生成した指示書はわずかな調整で仕上げられるため、帳票作成時間が飛躍的に短くなり、帳票作成者には大好評だった。

 ただ、板金部品加工は対象物が比較的小さく、変更管理も容易だった。製品の組立工程の最終ラインに対して同じ方法を適用しようとすると、XVLに製品1台分の構成を全て抱えることになり、製品バリエーションも複雑になる。このため、最終組み立てに関してのバリエーションを踏まえた検討や設計変更管理については、柔軟な対応ができなかった。

 そこで、同社が着手したのが工程DB(データベース)の構築だった。図1に示すように、工程DBでは農機の管理型式(1製品のバリエーション)ごとの作業ステップからなる工程フローと、各作業ステップの詳細情報である作業モジュールとを関連付けて管理する。工程フローは、ラインの先頭工程から最終工程に至る各作業ステップを表現するもの。作業モジュールは、各作業ステップで利用する部品、治工具、作業区、工数といった情報を表現する。このDB化により、現場で確認したい作業ステップに該当する構成と工程だけを、必要な時に取り出せるようになる。

図1●作業モジュールと工程フローによる工程DBの構築
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工程情報+形状情報=指示書

 図2に従来の作業指示書作成フローと新たなフローを比較する。従来は、設計部門が3D‒CADで設計した後、2Dの組立図を作成していた。その図面を利用して、生産技術部門が組立工法管理表と作業指示書を作成し、現場は配布された作業指示書を基に作業を行っていた。

図2●工程設計から作業指示書作成までの業務フロー
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 新フローでは、工程DBによって、設計と生産技術、製造部門が情報を早期に共有できる。すなわち、設計直後の3D情報を基にXVLStudioで組立工程を定義し、その工程情報を工程DB に格納する。この工程情報とXVL内の形状情報を利用すれば、Webで配信可能な作業指示書を作成できる。この作業指示書にはXVLPlayerが組み込まれているため3D表示も可能で、現場でも見やすい。工程DBから製造に必要な全ての情報をM-BOM(製造部品表)として取り出して、活用することもできる。

 設計変更にも柔軟に対応可能にした。設計変更後の新たな形状情報を持ったXVLと、既存の工程情報を持ったXVLとから、既存の工程に新しい形状を対応付けた新たなXVLをXVLStudioで生成する。さらに、XVLStudio内で設計構成と工程の整合を保ちながら工程を修正し、その結果を工程DBに格納する。これによって、最新の設計変更を反映した正しい工程情報を関連部門間で共有可能になり、製造現場はこの工程情報に基づいたWeb上の作業指示書を閲覧できる。

 バリエーションの扱いも、工程DBによって進歩を得られる見込みが立っている。農機具には、例えばトラクターならばキャビンの有無からはじまって、極めて多数のバリエーションがある。これはユーザーニーズに細やかに対応する必要のある業界ならば共通の現象だろうが、特定のバリエーションをどう組み上げていくかを考えてみると、工程が共通で変化しない部分と、部品の増減などによって変化する部分がある。工程DB内では、不変部は工程フローとして、変化する部分は作業モジュールとして格納すれば、バリエーションを表現できる。個別のバリエーションに対応する形状と工程情報を含んだXVLは、工程DB内の情報を基に構築できる。

 同社は現在、このような発想でシステムのさらなる改善を進めており、近々運用可能になる予定である。目指す世界は、バリエーションが多数あっても工程はなるべく共通化して、少ない手間で個別バリエーション用の組立工程を定義しようというものだ。

 工程情報を含んだXVLから作業指示書を作成するのはそれほど難しくはない。このシステムのアウトプットであるWeb上の作業指示書を図3に示す。この作業指示書には製造に必要な作業内容と部品情報、管理情報、形状や図面情報が全て含まれている。従来の現場での使い方も考慮して運用を始めたので、現場にも比較的スムーズに受け入れられていった。

図3●Web上の作業指示サンプル
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 同社でシステム構築を推進した事業本部開発管理グループの河本雅史氏は、多忙な現場での運用成功の要因をこう語る。「製造現場の人にはとにかく時間がないのです。誰しも変化よりも安定を好みます。理想像があっても、その実現に時間がかかるなら、現状のままでよいのです。作業指示書を現場の人に見てもらって彼らの意見を聞き、その真意を読み解く。それを即座にシステム化して、また現場で評価してもらう。このサイクルを細かく繰り返したのです。現場に密着したヒヤリングと、現場の期待を裏切らないような柔軟かつ迅速な対応がキーでした」。

現場が見たい3D情報を追求

 作業指示書では、担当者が何をすべきか素早く分かる図、特に現場作業者が見たい場所を見たい方向から見た図であることが重要である。自動処理でXVLから図を生成することもできるが、本当に見やすい図は、作業を知る現場作業者あるいは生産技術の担当者が作成するのが一番だ。そこで、このシステムでは、一番見たいであろう方向を人が指示・登録しておき、その向きからの見え方を画像データにして表示している。

 画像データは、XVLデータから簡単に作成できる。もちろん、XVLを直接表示することも可能だが、画像データにしておくと閲覧時に工程を順送り表示しても適度なスピードを維持しやすい点でメリットがある。さらに画像データは、標準のWebブラウザがあれば閲覧できるという長所があり、つまりさまざまなプラットフォームを表示装置として使えることになる。XVLからの画像に加えて、別に作成した画像や写真などを組み合わせて使うことも容易であり、そのような仕組みも用意した。

 部品の形状は、部品番号や関連情報と対応付けて表示する必要がある。従来は部品形状に風船番号(丸数字)を付けて、部品番号や関連情報との対応を表現していたが、ここは互いに対応する要素を同じ色にして表現する方法に改めた。現場の意見を突き詰めていくと、図と属性情報の対応がすぐに分かればよいのであって、対応付けに番号を使わなくても問題はないという評価であったという。画面構成は現場が必要な情報を手軽に追加できるように工夫。部品の関連情報を簡単な指示ですぐに取り出せるようにした。こうした工夫の積み重ねが現場に受け入れられる基盤となった。

 図4には現場での作業指示書の利用イメージを示す。それぞれの担当の仕事内容により、PC上で参照して仕事を進める人もいれば、紙に出力するケースもある。さらに、現場にiPadを持ち出し、指示書を確認したり、iPadのコメント作成ソフトを利用して指示書に書き込みをしたりといった運用も始まっている(図5)。前述のように、作業指示書の図は画像であるため、iPadでそのまま閲覧可能である。

図4●現場での作業指示書参照例
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図5●iPadを利用した指示書の参照例
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 iPadの画面共有機能を利用して、PC上で稼働するXVLStudioの画面を現場で見ることもできる。図6のように、iPad上でも詳細な確認が可能であり、現場での検討の際に設計者と共に現物と3Dモデルを比較できる。

図6●iPad上で画面を共有して現場で議論
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推進部門が知らないうちに利用が拡大

 このような、工程情報とXVLが連携した仕組みを提供すると、現場独自の“2次利用”も始まる。図7は、推進部門も知らないうちに、3D情報の2 次活用が始まった例である。現場へ部品を搬入する際の情報は、以前は部品番号だけで管理していたため、番号に精通するベテラン社員以外には分かりにくいものだった。そこで、番号に対応する部品形状のイメージを工程DBから取り出し、印刷結果を白板に張り出すことにしたのである。

図7●現場での“2次利用”の例
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 ここに、工程情報を含むXVLの本質的かつ極めて重要な価値がある。設計者の作成した3D-CAD情報は、設計者が見たい情報であって、生産技術や製造部門が見たい情報そのものとはいえない。生産技術や製造部門は組立工程に応じた構成で3Dモデルを見たいのだが、これを3D-CADで表現することは困難である。ところが、工程DBとXVLによって、生産技術や製造部門の見たい3Dイメージを容易に作成できるようになったのである。

 IT部門が「これで現場は便利になるだろう」と思い込んで開発したシステムは、必ずしも現場ニーズに即していないことから、受け入れられないことも多い。しかし、現場が必要に応じて作成したものであれば、そのニーズは絶対に確実である。これをIT部門がシステム化して提供すれば、必ず現場に受け入れられるだろう。

本連載第10回では、変更で生じる現場の負担を考慮して表面的な変化はできるだけ抑えつつ、本質的な仕組みの部分を大きく改善していくことを、前向きな意味で“ゆでガエル方式”と呼んだ。だが、現場は敏感にその本質を感じ取り、有効なものはしっかりと利用して自らの改善に活用するのである。想定を超えて活用が広がっていく姿は、推進部門の立場でも、この上なくうれしいことであろう。ゆでガエルの恩返しといったところだろうか。

 人を動機付けることに関して、アメとムチという言葉がある。インセンティブを与えることで、人は一所懸命に働くというという考えだ。ところが最近の研究では、明示的にインセンティブを与えても、効率化につながらないケースの方が多いことが証明されているという。インセンティブの効用があるのは単純作業であって、創造的な仕事ではむしろ逆効果になるのだ。

 “アメ”は単純作業の多かった20世紀型の製造業には有効な手段であったかもしれないが、21世紀の日本に残る製造業の現場は、創造的な職場になるはずだ。そこではアメでもムチでもなく、例えば3D情報を中心にさまざまな情報を取り出せる仕組みが現場の創意工夫を引き出す。そんなことを、三菱農機の事例が教えてくれると言えよう。