社内の反対を受けた「ウォークマン」

 ウォークマンも、実際にそうでした。「このようなものが欲しい」という要望が顧客から出てきたわけではありません。ウォークマンのコンセプトは顧客の声に耳を傾けるところから出てきたわけではなく、ソニーの創業者である盛田昭夫氏の現場観察に基づいた洞察と直感から出てきたものです。

 案の定、ソニーの社内でウォークマンのコンセプトは大きな反対に遭います。盛田氏の著書『MADE IN JAPAN』(朝日新聞社、1990年)によれば、社内の製品企画会議では「録音機能のないものを人は買わないだろう」という理由で反対を受けました。当時の様子を同氏は次のように記しています。

「私はこの素晴らしい製品に情熱を燃やしていたが、販売部門の人たちは一向に熱意を見せず、これは売れそうもないと言う」

出典:『MADE IN JAPAN

 市場のニーズを最も知るはずの営業部門までがウォークマンのコンセプトに反対しました。なぜ、当時の製品企画会議のメンバーや販売部門の人たちは反対したのでしょうか。それは、製品企画会議の反対意見にあったように、ウォークマンに録音機能が付いていなかったからです。当時のテープレコーダーは、録音機能付きであることが当然でした。従って、「音楽の再生しかできず、テープレコーダーよりも利便性に劣る製品を顧客は買わないだろう」と、販売部門の人は判断したわけです。これは、合理的な判断のように思えます。テープレコーダーの録音機能を使っていた顧客もまた、恐らくウォークマンに否定的な評価を下したのではないでしょうか。しかし実際は、ウォークマンの持つ新たな価値、すなわち音楽を持ち運びできるという携帯性が市場で高く評価されたのです。