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「すり合わせ能力」は、「弱み」に変わる

創造性を硬直化させない開発体制をつくる(第1回)

2013/11/11 00:00
柴田 友厚=東北大学大学院 経済学研究科 教授

はじめに

 ソニーやパナソニック、シャープなどの日本を代表するエレクトロ二クス企業の苦境が昨今伝えられています。これらの企業では、かつてのようなイノベーションが止まってしまったように見えます。

 日本発の代表的なイノベーションとして恐らく多くの人が想起するのは、1979年に発売されたソニーの携帯型音楽プレーヤー「ウォークマン」ではないでしょうか。音楽の楽しみ方など生活スタイルに影響を与えて、新しい市場を切り開いたというインパクトの大きさからも、10年以上にわたり世界市場シェアの5割以上を占めていたという競争力の持続性からも、真っ先に挙げられるべきイノベーションであったことは間違いありません。

 近年の薄型テレビなどでも日本企業は確かにイノベーションを先導し、2000年代前半には世界をリードしていましたが、周知のようにすぐにアジア新興国に追い付かれてしまいました。今求められているのは、新市場を作り出し、継続的な革新によって市場をリードし続ける力です。このようなイノベーション力は日本から失われてしまったのでしょうか。

 本連載では、日本の組織が持つ根元的な能力という視点から、この問題について考えます。連載の中で詳しく説明しますが、新市場を創造した上で、その成長過程でも市場のリーダーであり続けるには、製品ライフサイクルの発展途上で2つの戦略転換を成功させる必要があります。ここで筆者が提示したい仮説は、かつて製品開発の現場でうまく機能していた日本メーカーの組織能力である「すり合わせ能力」が、戦略転換を妨げる硬直性の要因になってしまったのではないかということです。ここでいう硬直性とは、市場環境が変わったにもかかわらず、従来路線から軌道転換するのが非常に難しい組織体質を意味しています。

 まず、すり合わせ能力がどのように硬直性へと転化していったのか、そしてイノベーションの具体的文脈の中で、それがどのように阻害要因として作用するのかを説明します。そして、連載の最後に1つの処方箋として、「二刀流組織」(Ambidextrous Organization)の枠組みを提示したいと思います。

「すり合わせ能力」説の誕生

 「日本企業は欧米に比べてすり合わせ能力に秀でている」という主張は、何よりも現場感覚にフィットしたからでしょうか、多くの経営者に受け入れられたと言っていいでしょう。ただし、直観的に分かりやすい反面、誰もが表層的な理解で納得してしまいいかようにも解釈できるという危険性を持ちます。そもそも、この主張は何を根拠にどのような経緯で誕生したのでしょうか。

 人間個人の能力と同様に、組織能力もそれ自体を見たり測定したりすることは不可能です。組織能力によって生み出された具体的な行動から推し量るしかありません。そういう意味ですり合わせ能力を定義するのはなかなか難しいことですが、あえて定義するとすれば、すり合わせ能力とは「異なるものとの間で、きめ細やかな連携を実現できる組織の力」ということになります。具体的には、異なる技術分野間の技術融合、設計から製造に至るさまざまな業務を同時並行的に処理するコンカレント・エンジニアリングに代表される他部門との緊密かつ丁寧な調整、サプライヤーとの長期に及ぶ安定的な協力関係、顧客へのきめ細やかなサービスなど、日本の得意技として広く知られているこれらの経営慣行の土台にある組織能力です。

 このような経営慣行を日本企業はうまく取り入れてきましたが、欧米企業は必ずしもそうではありませんでした。欧米企業は、コンカレント・エンジニアリングの採用やサプライヤーとの安定的な協力関係の構築を試みたものの、思うような成果を上げられなかったのです。それらの歴史的な事実は、日本企業がすり合わせ能力に秀でているという主張を裏付けます。

技術融合で工作機械業界は成長

 例えば、技術融合を考えてみましょう。異分野間で相乗効果を生み出す技術融合は、これまで日本の得意技として世界に広く紹介されてきました。東京大学名誉教授の児玉文雄氏は、『Harvard Business Review』誌上で、初めて日本の技術革新の特質を技術融合として概念化しました。1992年のことです。そこで同氏が技術融合の典型例として取り上げたのは、NC工作機械に代表されるメカトロニクスです。メカトロニクスは日本人の造語ですが、機械技術とエレクトロニクス技術の融合による相乗効果によって、既存の工作機械メーカーが衰退することなく、関連産業全体が大きく成長しました。

 異分野間の技術融合は、決して容易ではありません。それぞれの技術分野には独自の評価基準や進化のスピードがあるので、各分野に従事する技術者の考え方や視点はそれに縛られるという自然な傾向を持つからです。その中で技術融合を生み出すには、異なる分野の技術者同士が場を共有しながら丁寧な議論を積み重ねていく必要があります。仮に技術戦略の相違が存在しても、「なぜ相手はこのように考えるか」という相手の事情や考え方にまでさかのぼることで、言葉では表せない暗黙知レベルで相手の考え方を理解できるようになります。このような能力がなければ技術融合は実現できないでしょう。

コンカレント・エンジニアリングで限界を突破

 コンカレント・エンジニアリングでもすり合わせ能力は不可欠です。この手法は、本来であれば連続的に実行しなければならない上流工程と下流工程を一部並行して走らせることで、問題を早期に発見・解決し、開発リードタイムを短縮するために用います。上流工程と下流工程、例えば設計と生産を重複させながらも、それによる混乱を防いで開発リードタイムの短縮という成果に結び付けられる理由は、早い段階から設計情報をきめ細かく頻繁にやり取りすることによって、上流工程と下流工程を微調整していくからです。そうした緊密な微調整ができなければ、コンカレント・エンジニアリングは混乱を招くだけの取り組みになってしまいます。

 上流工程と下流工程を重複させる手法がコンカレント・エンジニアリングとして初めて概念化されたのは、1980年代の自動車産業研究においてです。それから30年以上が経っていますが、もちろんこの手法は現在でも有効ですし、自動車以外の産業でも広く採用されてきました。時代が変わっても優れた経営の原理は変わらないことを示す良い例といえます。

 最近コンカレント・エンジニアリングをうまく取り入れた企業の例としては、ダイキン工業が挙げられます1、2)。同社は2012年11月に発売したルームエアコン「うるさら7(セブン)」で新しい開発体制を採用しました()。製品の最大の特徴は、省エネルギ性能の指標となる通年エネルギ消費効率(APF:Annual Performance Factor)が7.0と非常に高いことです。APFは高ければ高いほどエアコンの省エネ性能が優れていることを意味します。うるさら7の開発が始まった頃の製品のAPFは最高でも6.0程度であり、それをいきなり7.0にまで高めるのは無理だと考えられていました。

図●ダイキン工業のルームエアコン「うるさら7」(写真:ダイキン工業)

 しかし、ダイキン工業はうるさら7の開発で「究極のコンカレント・エンジニアリング」ともいうべき開発体制を採用することによって限界を突破しました。それは、製品コンセプトの企画から設計仕様の策定に至る全ての過程で、開発/生産技術/調達/製造/営業などの関連部署が緊密なコミュニケーションを図りながら、課題を抽出・共有・解決するというものです。従来と異なり、開発や生産といった技術現場だけではなく、調達や営業の部署も参加している点が「究極」と称するゆえんです。

「中国や韓国には真似できない」

 このような部門の枠を超えた横断的な開発体制について、ダイキン工業常務執行役員の岡田慎也氏に筆者が直接話を伺ったところ、同氏は「中国や韓国の企業には真似できない部門連携の姿」と語りました。中国や韓国では、開発部門と製造部門には厳然としたヒエラルキーがあり、両部門の間に大きな壁が存在しているので、特権的な地位にある開発部門のエンジニアが製造現場と協業することはほとんどあり得ないからです。同氏は中国や韓国の事情に精通していることから、このような表現が出てきたのでしょう。

 中国や韓国のような状況は、程度の差こそあれ欧米企業にも当てはまります。事実、欧米企業にとっても、日本メーカー流のコンカレント・エンジニアリングを模倣することは困難だったのです。欧米企業は、日本企業からコンカレント・エンジニアリングを学習し、形式上は上流工程と下流工程を重複させました。しかし、緊密できめ細やかな情報の共有が伴わないために、成果につながらなかったという研究が報告されています3)。コンカレント・エンジニアリングで成果を上げるためのすり合わせ能力が、日本に比べて十分ではなかったのです。

 欧米企業が日本流のコンカレント・エンジニアリングを模倣できなかった原因は、すり合わせ能力の源泉が、労働慣行や文化的要因など社会の深い部分に根差しているからです。例えば、日本メーカーの開発・製造現場は職務の守備範囲が広く、多くの部署を回るローテーション制度が労働慣行になっています。これが当たり前の社会は、職務が極度に専門化・細分化されている社会よりも、すり合わせ能力を発達させやすい環境だと考えられます。同様に、コミュニケーションが言語よりも文脈の共有に大きく依存する日本の社会では、「以心伝心」や「あうんの呼吸」と表現される能力を発達させる傾向があるでしょう。すなわち、すり合わせ能力の起源は日本社会の根幹にあると考えてよく、それは諸外国が模倣しにくい能力といってよさそうです。

相互信頼性が経済発展の根幹に

 類似した主張は、政治学でも展開されてきました。政治学者で米Johns Hopkins University教授のFrancis Fukuyama氏は、著書『「信」無くば立たず』(三笠書房、原題は『Trust:the Social Virtues and the Creation of Prosperity』)の中で、「日本は高信頼社会であり、日本社会の相互信頼性の高さが日本の経済発展の根幹にあった」と指摘しています。

 例えば、日本の自動車産業での系列取引が高い成果につながっている大きな理由は、完成車メーカーとサプライヤーとの相互信頼の高さにあったといわれます。このような主張は、日本の根本的な組織能力はすり合わせであるという見方と非常に整合性があります。相互の高い信頼関係はすり合わせを容易にしますし、すり合わせが深まれば深まるほど相互の信頼関係は一層強化されるという、相互促進的な関係を形成しているからです。

 このように、日本企業はすり合わせが強いという主張は、決して直観的に生まれたわけではありません。30年以上に及ぶ学術研究の中から見いだされ、徐々に確実なものとして受け入れられていったのです。

硬直性へと転化するすり合わせ能力

 日本に強みをもたらしてきたすり合わせ能力も、時間の経過とともにイノベーションを妨げる硬直性へと転化する危険性を秘めています。繰り返しになりますが、ここでの硬直性とは、環境の変化にもかかわらず、従来路線の修正や転換を阻害してしまう組織体質を意味しています。そのような硬直性が生じる理由は、すり合わせの「副作用」にあります。

 第1の副作用は、細やかな点にまで配慮するすり合わせの特性上、大局的・俯瞰(ふかん)的な視点を持ちにくくなることです。細部にまで気を配るすり合わせ能力は、日本の製造業における製品の小型・軽量化や、日本のサービス業における「おもてなしの精神」など世界から高く評価されている部分を根底で支えてきました。

 しかし、すり合わせは、時として全体を俯瞰する大きな視点を犠牲にします。細部にばかり注意や関心が向き、全体を見据えた大きな手が打てないということになりがちです。

 日本企業はすり合わせを得意とする故に、大きな構想やビジョンを描くのが苦手だといえるかもしれません。もちろん、細部にまで注意や関心を払う能力と大きな構想やビジョンを描く能力は、両立できないわけではありません。それでも、細部ばかりを気にしていれば、全体像になかなか注意や関心が向かないという傾向はどうしても生じてしまうでしょう。そのため、目先のことにとらわれて、イノベーションを生み出す機会を逸してしまう恐れがあります。

合理性よりも組織内融和を優先する

 第2の副作用は、すり合わせは濃密な人間関係を生み出すので、合理性や論理性よりも情実に基づいた判断を下す傾向が次第に強まることです。きめ細やかな連携や調整を行うには、自分の事情や立場を主張するだけではなく、相手の事情や立場に応じて自分の立ち位置を微調整する必要があります。

 例えば、日本企業の設計部門は、製造部門に配慮して、工場での造りやすさを考慮して設計します。一方、欧米企業の設計部門はそうではありません。設計図面の通りに造ることを工場に要求しますが、工場での造りやすさを考慮することは基本的にありません。

 この例では、すり合わせは相手(製造部門)の事情や立場に配慮するという意味で美徳なのですが、その半面、濃密な人間関係が形成されるので、いわゆるしがらみが増えていきます。人間関係が深まれば、摩擦を避けようとする気持ちが働くのは、人間の本性として避けられないでしょう。

 この副作用は、歴史ある伝統的な組織であればあるほど強く働き、組織の変革を難しいものにします。組織を変革しようと思えば、必ず既得権益層からの反対があり、組織の中に摩擦が生まれるからです。だからといって組織内融和を優先すれば、そうした融和を脅かしかねないイノベーションには踏み出せなくなってしまいます。

 新しい市場を作り出し、競争優位を持続するには、製品のライフサイクル上、2つの転換を必要とします。新しい市場を作り出すための「価値次元の転換」と、市場の成長に合わせた「製品戦略の転換」です。しかし、すり合わせ能力が持つ2つの副作用は、それらの転換を阻害する硬直性へと転化するのです。しかも、すり合わせが強ければ強いほど、その副作用は効いてきます。

 次回以降は、価値次元の転換と製品戦略の転換に対して、すり合わせの副作用がどのように影響するかについて考察していきます。

■参考文献
1)片瀬京子,「これが日本のものづくりの底力だ 限界を超えて「うるさら7」を生んだダイキン工業 強さの秘密【前編】」,『現代ビジネス』,2012年12月14日.
2)同上,「ルーム・エアコン『うるさら7』の開発 (第1回) こんなん、ありえへん」,『日経エレクトロニクス』,2013年2月18日号,pp.73-76.
3)柴田友厚,『日本企業のすり合わせ能力』,NTT出版,2012年.