日経エレクトロニクス 2006年9月25日号 p.52から
日経エレクトロニクス 2006年9月25日号 p.52から
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 「昔の記事が、ネットで話題になっていますよ」
 それは、海外出張から戻って、経費の清算をしていたときでした。同僚の記者が、パソコンの画面を示しながら、日経エレクトロニクスの2006年9月25日号に書いた記事についての書き込みを教えてくれたのです。

 そのとき私は、「ああ、やっぱりそうだったのか…」と思いました。出張に向かう空港の待合室で読んだ新聞記事が、何となく気になっていたからです。「もしかして、あの特許ではないか」と。しかし確証を持てないまま、飛行機に乗り込んだのです。

 特許の名称は「接触操作型入力装置およびその電子部品」。「リング状のタッチ位置検出センサ」と、「プッシュスイッチ手段」を組み合わせた入力装置を対象としたものです。記事から約7年の時を経た2013年9月26日に、その特許を侵害したとして東京地裁が米Apple社に約3億3000万円の賠償を命じました。

 2006年当時、別件でお付き合いのあった弁護士の方から、おもしろい特許が成立しそうだという電話を受けて、取材に向かったのを覚えています。「拒絶査定を受けた特許を基に、Apple社の『iPod』を標的にして請求項を作成し分割出願した」という話を聞き、「そんなにうまくいくのだろうか」というのが第一印象でした。複数の技術者に電話で意見を聞いても反応が鈍かったこともあり、徐々に私の記憶から消えていったのです。

 私の記憶が薄れる中で、「通常は1年ほどで判決に至るのに対して、今回は6年半もかかった」(担当弁護士)という、異例の長期間の裁判が続いていました。当初、特許を持つ男性とApple社は話し合いをしましたが決裂し、男性が2007年1月に税関に対して輸入差止めの申し立てをします。目的は輸入差止めよりも、特許権侵害の判断を早期に得ることだったといいますが、税関では特許権侵害が認められませんでした。

 そして2007年2月に、Apple社から男性に対して、特許権を侵害していないことの確認を求める訴訟が提起されます。男性も即座に損害賠償請求の反訴を提起しました。裁判所は2008年2月に一旦「特許に無効とすべき理由がある」との心証を開示しますが、その後2009年3月に男性側の特許訂正が特許庁に認められると、裁判所が2010年11月に「特許権を侵害する」との心証を開示するに至りました。

 長い裁判の過程で、男性は当初1億円としていた請求額を、売り上げなどを考慮して100億円へと引き上げました。そして最終的に裁判所は2013年9月に、約3億3000万円の支払いをApple社に命じたのです。現在は、Apple社と男性の双方が、判決を不服として控訴しています。

 今回の裁判の意義について担当弁護士は、「大企業の長期間の研究開発の中で生み出される特許だけでなく、個人の独創的なアイデアも評価されるという象徴だ」とします。裁判の間に、特許の進歩性の判断基準が変わり、「進歩性を簡単に排除しなくなった」(担当弁護士)こともあり、個人発明家やベンチャー企業にとってチャンスが広がる可能性があります。

 今後、男性側は、損害賠償額があまりにも低すぎるとして戦いを続けます。賠償額が低ければ、ライセンス料を素直に支払うよりも、特許を侵害して、後から賠償額を支払った方がお得、という状況を生み出しかねないからです。担当弁護士によると、「次の裁判は、1年以内に終結するだろう」としていますが、果たしてどうなるでしょうか。今回は私も、しっかりとウォッチし続けたいと思います。