冷静になれば大した話ではありません。何日か待てば済む程度のことです。それでも我ながら驚異の粘り腰を発揮したのは、あまりにも納得できなかったからです。すぐそこに私が注文した端末があり、クーポンは有効なままなのに、どうしてこんな結果になるのでしょうか。もちろん、理由は山ほど聞かされました。「決済終了後は、システムにクーポン番号を入力できません」「うちは代理店で、オンライン・ストアは事業者さんの直営なので…」「端末の発売元のA社がそういう対応は許していないんです…」。しかし私は理由を知りたかったわけではありませんし、何度謝られても気が済むはずはありません。

 私が待っていたのは、もっとバラ色の解決です。「分かりました」。店頭の女性がそう言って、その場で端末を渡してくれます。「クーポンの金額は、端末代金には適用できませんが、次回以降の通信料金から差し引かせていただきます」……。会計上の手続きなどに難があるのかもしれませんが、こうした対応ができないものでしょうか。

 高望みと感じながらも期待してしまうのは、似たようなトラブルが生じた時に、予想を超えた対応を受けた覚えがあるからです。くだんの端末メーカー、A社からしてそうです。以前使っていた機種に不具合が出たので、同社の直営店に持ち込みました。OSの入れ替えなど、指示された操作をしても直りません。すると店頭の男性は、あっさり新品と交換してくれました。この話には続きがあります。真新しい端末に、アプリやデータを入れなおしたところ、再び症状が現れたのです。アプリをいくつか削除すると、ようやく不調は収まりました。悪かったのは端末ではなかったのです。

 B社のヘッドフォンの場合は、こうでした。数年使っているうちにヘッドレストなど各部がボロボロになったので修理を依頼しようとしたら、別の提案を受けました。該当機種はすでに生産中止になっており、それを修理するくらいなら、後継の新機種を格安で購入しませんかと。値段は市販品の半額以下です。無駄な出費に常々目を光らせる家内も、これには納得。我が家にまっさらな最新製品がやって来ました。

 もちろん、不快な思いをすることも少なくありません。同僚の記者は出張前にパソコンを新調しました。スタイリッシュなS社の製品です。早速使い始めようとしたところ、当初から正常に動作しなかったそうです。新品と交換してもらえてもよさそうですが、メーカー側からは修理するので送り返してほしいとの連絡が。結局出張には持っていけずじまいでした。同社のカメラを破損して修理を相談したところ、「扱い方が悪かったのではないか」と疑われてしまった記者もいます。

 こうした対応を耳にするにつけ、心に浮かぶのは「もったいない」の一言です。何年も記者をしていると、時折、取材先との間で不本意な行き違いがあります。取材日時の取り違えから発言内容の解釈の相違まで様々です。いずれも気まずい思いをしますが、これを機に双方の絆が深まるケースも少なくありません。往々にして問題の原因ははっきりしませんが、誠実に対応していれば、わだかまりはいずれほぐれます。何よりも過ぎたことですし、相手との付き合いは今後も長く続くわけですから。

 企業と消費者の間柄も同じだと思います。双方にとって大切なのは、「何がまずい」「誰が悪い」といった「犯人探し」ではありません。過ぎたことよりも、今後の利益につながる前向きな対応が重要なのではないでしょうか。だからせめて今回も、先方には次善の策を提案して欲しかったのです。例えば、キャンセルが仕方なかったとしても、販促用の「お父さん」グッズをさり気なく渡してくれるとか。あ、違った、白いワンコは別の事業者のキャラクターでした。

 それでは答え合わせです。私は一体、どこで間違えたのでしょうか。自分なりの回答は「事業者の誠意を信じて、おいしい話には裏があるという原則を忘れてしまったとき」。これが正解なのかどうかは、私にもよく分かりません。