今回紹介する書籍
書名:贏在当当
著者:李良忠
出版社:安徽文芸出版社
出版時期:2012年11月

 今月、本コラムで取り上げているのは、『贏在当当(勝利は当当にあり)』。

 先週は中国の書籍ネット販売の「当当網」の経営者夫婦の出会いから起業に至るまでをご紹介したが、今週と来週はこのネットショップ界を代表するおしどり夫婦が、それぞれどのようなバックボーンを背負っているのかを見ていきたい。

 まずは夫の李国慶。1964年10月1日北京生まれ。幼少時より英才の誉れ高く、北京師範大学第2附属中学を卒業し、北京大学にて社会学を学ぶ。社会学を専攻した理由は単純に「社会学を学べば、社会を変えられる」と考えたからだという。当時の彼の理想は「世界に影響を与える100人」に入ることだった。李国慶は当時から本が好きで、それが後に当当網を設立することにつながっている。また、文才もあり大学2年生の時には「北京日報」に彼の評論が掲載された。また、同年「中国社会改造に関する私見」という28万字に及ぶ論文を完成させ、教授からも目をかけられる存在だったという。その一方で彼は社会的な活動にも無関心ではなかった。3年生の時には北京大学の学生会の副主席に選ばれている。本人によると、選ばれたのは、一本気で人にこびない性格が評価されたためだそうだ。

 また、高校生の頃から積極的に「勤工倹学(知識層の青年を立派な勤労者として育成するための活動)」に参加し、多くの著名なプロデューサーの下で学んだり、起業したばかりの会社へ働きに行ったりしていた。そこで李国慶はビジネスに関して様々なことを学んだ。社会活動では報酬は出ないが、食事をごちそうされたり、交通費をもらったりしていたので「大学3年の時にはすでにタクシーに乗っていた」そうだ。筆者はその当時は北京に住んでいたのだが、当時の北京のタクシーというのは今よりもずっと「敷居が高い」ものだったと思う。詳しい料金までは記憶にないが、普通の大学生が簡単に乗れるものではなかった。また、彼は在学中にすでに秘書を雇っていたという。すでにその頃から人とは違った存在だったのだ。また、卒業を間近に控えた頃からはある出版社に請われて編集の仕事もするようになっていた。

 1987年に李国慶は大学を卒業し、最も人気のあった政府機関、すなわち国務院発展研究中心という政府のシンクタンクに配属される。当時の大学生にとって職業は国家から「分配」されるものであり、この部署に「分配」されたということからも彼の優秀さが垣間見える。当然、李国慶もこの配属先に非常に満足していたが、一方で編集の仕事も続けていた。彼は、ビジネスを始めようと決めるまでは研究と役人の二足のわらじを履き続けたいと考えていたのだ。