2001年6月,パイオニアの畑野一良は再びKDDIに乗り込む。
畑野が思い描く通信カーナビを実現するためには
何としても通信事業者の協力が必須だった。
1年前に訪問した時は,畑野の話に乗ってくれなかった。
ところが初めて出会ったKDDIの担当者,原口英之はすぐに快諾する。
原口も畑野と同じようなアイデアを持っていたのだ。
通信カーナビの製品化に向けて,一気に目の前が開けたかに思えたが…。

 「ぜひ,一緒にやりましょう」

 「……」

 えっ? 今,何て言った――。

 「じゃあ,よろしくお願いします」

 「は,はい…。こちらこそ,お願いいたします」

原口英之氏
原口英之氏
2001年6月,KDDIの原口氏はパイオニアの畑野一良氏と出会い,すぐに意気投合した。(写真:柳生貴也)

 カーナビへのデータ通信モジュールの内蔵を目指し,KDDIに乗り込んだパイオニアの畑野一良。そこで出会った担当者の原口英之から返ってきた言葉に,畑野は思わず耳を疑った。そんな畑野の驚きに追い打ちをかけるように,原口は続けた。

 「いやぁー,まさに我々もやりたかったことなんです。畑野さんが今,おっしゃったことって」

 これには畑野も,開いた口がふさがらない。

 「えっ,そんな…」

 「実は,そうなんですよ」

 原口は畑野の話を聞きながら,その熱意をビンビン感じていた。「この人は,本当にデータ通信モジュールを内蔵したカーナビを作りたいんだな」。それだけではなかった。初対面にもかかわらず,原口は畑野の説明に不思議な感覚を覚えていた。「以心伝心とは,こういうことか」とさえ…。