新指導体制とジレンマ

 今回の全人代(全国人民代表者会議)では、習近平氏が正式に中国国家主席に就任した。首相も温家宝氏から次へとバトンタッチされる予定だが、注目されたのは温氏が首相として最後の改革として位置づけた「鉄道省」の解体だ。

 中国鉄道省は腐敗の温床であった。中国の発展と共に中国高速鉄道の総距離数は昨年の7300kmから9000kmへと一気に延長。日本の新幹線の総距離数が約2300kmだから中国鉄道の工事は半端ないものだと分かる。そこに劉志軍鉄道相は、リベートを要求。これまで蓄えた不正蓄財はなんと120億円にも上るという。利権の巣窟であると同時に、32兆円の負債という、まさに火の車(中国語で列車を『火車』と書く)。とうとう解体となったのだ。

 中国の悩みは、上から腐敗の構造にあって、商売現場まで公正な商習慣が形作れないというジレンマだ(中国特有の商習慣の具体的な面については次号以降取り上げることとする)。

 そして、今回の主席交代は、文革(文化大革命)の影が色濃いものになっている。習近平主席にせよ、その座を争った李強克氏にせよ、ともに文革世代が中国のトップに立ったということだ。

 文革はご存知の通り1966年から1976年まで続いた、まさに中国国内の内乱だ。この10年間は、中国の経済が停滞し多くの若者は「下放(カホウ)」として徴農などを目的に地方へ送り込まれることとなる。10年間、まともな経済を知らない世代が育ち、今回のトップ達も世代が交代し文革時代に青春を過ごした者がリーダーになっている。そして、もう一つの特徴は、「革命第一世代」、つまり毛沢東と中国を建国してきたリーダーがもはやどこにもいないとうことだ。前国家主席の胡錦濤氏は、革命第一世代の最後の生き残りのトウ小平氏が選んだ最後のリーダーだ。だから建国と共産党の正当性が担保されているといえる。

 商売で言えば、先代創業者(毛沢東)が指名した者を社長にするのか、会社が混乱期でろくな商売ができていなかった時期に従業員だった者を社長にするのか、社長としての基盤は大きく違うことが理解できよう。文革によって分断された中国の歴史がビジネスの現場においても大きな影を落としているのだ。

 そして、「一人っ子政策」。人口爆発をしてきた中国が、子供は一人しか生ませない政策をとり人工的に人口をコントロールしたのだ。「80后(バーリンホウ)」と呼ばれる1980年代生まれの若者達は、まさにこの「一人っ子政策」の賜物。親に大切に育てられて「小皇帝」と揶揄される。

 「尖閣の件で戦争にはならないですよ」、くしくも私のビジネスパートナーが言った。理由を聞くと、「一人しかいない子供を絶対戦争には行かせません」「徴兵なんかして子供を取られるようなことがあれば、即暴動。中国史上最大の市民暴動になるでしょうね」
つまり、中国軍は戦えないというのだ。

 日本から見ているとおっかない中国の軍隊だが、内情はそうでもなさそうだ。

 腐敗の構造、中国を支配する共産党の危うさ、「一人っ子政策」による脆弱性。
今、中国人の自信の裏側で複座にからむ心理の構造はここにある。

 最後に私の清華大学の教え子は言った。

 「いくら中国人が強そうに言ったとしても、内面は日本を憧れ、日本にかなわないといつも思っている」と。

■変更履歴
掲載当初、2ページ第2段落で「中国鉄道の総距離数」「日本の鉄道総距離数」としていましたが、それぞれ「中国高速鉄道の総距離数」「日本の新幹線の総距離数」です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2013/03/18]
本稿は、企業のアジア戦略を支援する『アジアビジネス オンライン』に掲載したものです。