1996年夏。松下電器産業(現パナソニック)の光ディスク事業部は,携帯型DVDプレーヤの先行開発に着手した。先行開発を担当した名本吉輝は,まず人員不足に悩まされる。その後,少しずつ人員は増えたが,土地勘のない分野の技術調査や事業部間の文化の違いなど,頭を痛めることばかり。その一方で,先行開発は着実に成果を上げていた。同11月には企画書と簡単な試作機を作り上げ,それらを開発部隊に披露してみせた。1997年に入り、カギとなる部品の一つ「カラー液晶パネル」の開発状況を聞きに、開発メンバーは石川県にある液晶事業部に足を運んだ。

石川出張へ<br>松下電器産業の名本吉輝氏をはじめとする携帯型DVDプレーヤの先行開発部隊は,液晶パネルに関する情報を得るため,石川県にある同社の液晶事業部を訪ねた。写真は石川県にある液晶事業部。
石川出張へ
松下電器産業の名本吉輝氏をはじめとする携帯型DVDプレーヤの先行開発部隊は,液晶パネルに関する情報を得るため,石川県にある同社の液晶事業部を訪ねた。写真は石川県にある液晶事業部。
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「…そういうわけで,携帯型DVDプレーヤに使う液晶パネルを探してます。ただ,あまりコストは掛けられんのですわ。何かええのありませんか」

 名本らは訪問の趣旨を説明し,液晶パネルの現状を尋ねた。その問いを聞いた液晶事業部の担当者は,待ってましたとばかりに,ニコニコと微笑みながらこう言う。

「いやー,ちょうどええとこにいらっしゃいましたな。実は,ええのんあるんですわ」

 幸先ええな。先行開発部隊の面々はそう思いながら,尋ね返した。

「ほんまですか」

「ええ」

「どんなヤツですの」

 担当者によれば,ちょうどカーナビ向けに5.8インチ型と7インチ型の新しいTFT型カラー液晶パネルを開発中なのだという。しかも,これまでの液晶パネルよりも画素数が2倍以上に増えており,映像表示にはかなり利点が多い。これは願ってもないこと。興奮した名本らはすぐに想定する筐体の形状を思い浮かべ,値踏みした。

 ――どっちもちょうどええ大きさやな。5.8インチならば正方形タイプの筐体に横幅がピッタリで,7インチ型ならば横長タイプの筐体に最適や。

 名本は言う。

「新しい液晶パネルは透過率も高く,かなり画質が良かったんです。比較的手ごろな値段でこの年の7月に出荷開始予定だというので,とてもラッキーでした。DVDプレーヤの画質を,考えていたよりもはるかに向上できそうなことを意味していましたから」

 早速見せてほしいと頼んだ先行開発メンバーは,その足で開発現場に向かう。そして,開発途中の液晶パネルにしげしげと見入った。

「いやー,きれいですな」

「新しい技術を使ってますからね。結構大変なんです」

「そうやろなぁ」

 後は大小どちらかを選び,回路につなぐだけ。名本らは高画質の液晶パネルを前にして,感嘆の声を上げる。

携帯型DVDプレーヤ開発の歴史
携帯型DVDプレーヤ開発の歴史
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