2つの陣営が繰り広げたDVDの規格争いが終焉しDVDプレーヤの製品化で世界初を目指した松下電器産業(現パナソニック)。製品化直前に決まったコピー防止技術の組み込みやバグ問題が頻発したLSIの開発など,山積する多くの課題を乗り越え同社の開発陣は据置型DVDプレーヤで「世界初」の栄冠を勝ち取る。しかし,DVDプレーヤ事業を担当する光ディスク事業部で事業部長を務める四角(よすみ)利和はそれには満足していなかった。据置型DVDプレーヤの登場で業界が沸き立っていたころ,同事業部では別のプロジェクトが胎動していた。

坂本哲(さかもと・さとし)氏
坂本哲(さかもと・さとし)氏
坂本哲氏は,「松下電器産業 光ディスク事業部 DVD技術部 意匠技師」として携帯型DVDプレーヤのデザインを担当した。カメラ一体型の家庭用VTRやレーザーディスク・プレーヤのデザインなどを手掛けた経験もある。(写真:梅川イサオ)

 液晶パネルを搭載した携帯型DVDプレーヤのコンセプト自体は,このウワサが流れる1年以上前から存在していた。それは,光ディスク事業部が設立され,四角が事業部長としてやって来る以前の話である。名本もそのコンセプト作りに一枚かんでいる。そのとき彼は,同部の前身であるDVD事業推進室の一員だった。

 まだDVDの規格争いが混沌としていたころ,名本は上司の倉橋章らと連れ立って,松下電器のデザイン部門を訪ねた。そこで彼らを迎えたのはデザイナーの坂本哲である。彼は,DVDプレーヤのデザインを担当するまでは,主にカメラ一体型の家庭用VTRやレーザーディスク・プレーヤなど,多くの映像機器のデザインを手掛けていた。

「坂本さん,実はお願いがあるんや」

「はあ。何ですか」

「DVDプレーヤのな,コンセプト・モックアップのデザインをお願いしたいんですわ」

「どんなやつで?」

「ポータブルなんやけど」

「えっ,『ポータブル』ですか…」

 ポータブルという言葉を聞いた坂本の頭の中には,このとき大きな疑問符が浮かんだ。

「映像機器を外に持ち出そうとか,持ち歩こうというのは,考えれば自然に出てくる発想なんです。でも,商品として売れるかどうかは別でした。コンセプト・モックアップを依頼された時点では,据置型プレーヤですら海のモノとも山のモノともつかない感じでしたので。正直言って,ほんまかいなと思いました」

携帯型DVDプレーヤ開発の歴史
携帯型DVDプレーヤ開発の歴史<br>CD:compact disc  DVD:Digital Video Disc
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