IPRポリシーに限界

 もっとも、この議論そのものは新しくはなく、既に対応方法があって運用中である。標準規格に必ず使う特許を持っている者はそれを事前に申告して公平にライセンスすることをルール化させる「IPRポリシー」だ。多くの場面でうまく機能している。標準化活動に参加する企業は、このポリシーに基づいて、標準化と独占権の矛盾が表面化しないように調整してきた。

 ただしIPRポリシーが機能するのは、関係者が同じ業界、同じ目的で競合している場合に限られるようにみえる。例えば通信業界で通信機器メーカー同士がIPRポリシーに従うなら、問題にはならない。しかし、部外者がかかわった場合には、厄介な問題が生じている。

 1990年代、通信技術開発ベンチャーの米InterDigital社が世界各国の携帯電話機メーカーを訴えた事件は、厄介な例の一つだ。同社は、第2世代携帯電話の通信規格に関する標準必須特許を保有していたが、機器の製造に携わらなかったため標準化活動には参加しなかった。通信機器メーカーはIPRポリシーに基づいて標準必須特許を申告したが、InterDigital社は標準化活動の外にいたため申告しなかった。携帯電話機が世界各国で売れ出してから、突如としてライセンス交渉に乗り出し、国内外の大手メーカーを震撼させた。同社としては当然の権利行使だが、突然にライセンス料を求められた企業にとっては、想定の範囲外だったに違いない。

 20年を経て相次いでいるスマホ特許訴訟のうちいくつかは、携帯電話機メーカーの部外者であったApple社がかかわっている点で似た構図にみえる。携帯電話機メーカーにとっての事業的な基盤は先行開発による通信技術だ。薄利多売の機器販売で数%といったライセンス料は収益を大きく左右する。ライセンス料を支払うどころか受け取れる立場になれば、機器事業で優位に立てる。販売する機器が、従来の携帯電話機なら、先行開発投資は長期にわたって機器メーカーに大きな果実をもたらしてくれる。