“変形デジカメ”と称されるカシオ計算機の「EXILIM EX-TR100」。誕生のきっかけは、あるデザイナーの悩み。デザイナーと技術者が互いの思いをぶつけ合いながら一つの製品を生み出すプロセスは、新製品開発の参考になる。全6回の開発物語の第4回である。

 長山の地道で巧妙な戦略によって外堀がきっちり埋められ、ようやく本丸である商品企画の小野田孝(現・カシオ計算機 羽村技術センター QV事業部 商品企画部 第一企画室)の元に話が行くことになる。2010年の年明けだった。

「新しい。けど、すぐに商品化するのは難しそうだな」

イラストを描いていた段階で、変形するコンセプトは浮かんでいた。
イラストを描いていた段階で、変形するコンセプトは浮かんでいた。
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 デザイン・モックを初めて見たとき、小野田は直感した。デザインは斬新だが、商品企画としては「動画と静止画の垣根を崩す」という観点だけで押し通せるとは、とても考えられなかった。決め手を欠いている。

 実はちょうど同じ頃、商品企画部門でもデジタル・カメラの新しい切り口を模索していた。高画素や高倍率ズームなど機能を追い求めてきた開発競争が終わり、マーケットが飽和しつつある状況だった。打開策を考える中で、あるユーザー調査で面白い結果が出る。「自分撮り」のニーズが急速に高まっていたことだ。

 20代のユーザーに焦点を当てると、自分撮りのニーズはとにかく高い。海外に目を向けると、特に中国では若者のみならず全世代にわたって自分撮りができることを重視する傾向があると分かった。

 市場では、韓国や中国のメーカーが投入した、前面に小型の液晶ディスプレイを備えたカメラが人気を集めていた。自分撮りという切り口で商品を開発できれば、きっと売れる。だが、他社のマネはしたくない。こうした思いが小野田たち商品企画チームを包んでいた。

 この時、彼らの突破口になったのが、動画と静止画の垣根を崩すという長山の提案だった。

「このコンセプトと『自分撮り』の二つを組み合わせて、自由に形を変えられるカメラに魂を吹き込む。これなら面白い商品になる」

 長山と小野田の思いは一つになり、開発が進むことになった。ところが、さまざまな場面で両者はぶつかることになる。