JTNインタビューの初回を飾るのは、任天堂 取締役社長 岩田 聡氏である。これからのエレクトロニクス技術者に必要なものは、「知的好奇心」だとし、「新しいことを覚えることを面白いと感じない技術者が,世の中で必要とされるものを生み出せるはずがない」と説く。長時間にわたったインタビューを3回に分けて掲載する。今回は、その最終回である。聞き手は、日経エレクトロニクス編集長 田野倉 保雄(当時の役職)と道本 健二。

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─ゲーム機に,新しいエレクトロニクス技術を導入するときの取捨選択の判断はどう行われるのでしょうか。 「ニンテンドーDSi」にSDメモリーカード・スロットを搭載する際は,宮本専務が岩田さんを「説得」したそうですが,最後はその機能の搭載を望む,技術者の情熱なのでしょうか。

 私も一人の技術者の端くれとして,個人的には多機能・高機能な製品が大好きです。一方で,妙に冷めた目もあり,自分の親の世代や技術に詳しくない人がこれを使えるのかということも同時に考えます。実は,多機能であることを喜んでくれる人の割合は,それほど多くない。機能は必要最小限に絞っていかないと,どんどん値段が上がるし,分かりにくい製品になってしまいます。

いわた さとる 1959年,北海道生まれ。東京工業大学 情報工学科を卒業後,在学中に設立にかかわっていたHAL研究所に入社。「星のカービィ」シリーズなど任天堂ゲーム機向けのソフトウエア開発を手掛ける。1993年に,HAL研究所 社長に就任。2000年に,当時社長だった山内溥氏に請われて任天堂に入社。経営企画室の室長として,グローバルな企業戦略の立案を担当。2002年に,異例の若さで同社 社長に就任,現在に至る。

 私たちが作っている娯楽の製品は実用性がないので,とても残酷な側面があります。例えば,新しい携帯電話機やDVDレコーダーを購入した人は,5分触って使い方が分からない場合は,説明書を読もうとするでしょう。でも,ゲームは違います。コントローラを握って5分で面白さが分からないと,「これはくそゲー」と言って,やめてしまいます。そこからはノー・チャンスです。「あと3時間触ってもらえば必ず面白くなりますから」と言ってもダメなんです。だから,ユーザー・インタフェース(UI)の良しあしとか,分かりやすさといった部分がすごく鍛えられるのです。

 私たちには,お客さんの気持ちを考えながら開発に向き合う癖がついています。そうすると,機能が多ければいいというものではないと自然に考えるようになります。本当にその機能は意味があるのか,理解してもらえるのか,使いこなしてくれるのか。結局,ゲームとは何かという話につながるのですが,お客さんへのご褒美として使えることならコストを掛ければいいし,技術を投じればいいでしょう。しかし,その点で役立たないものは,どんなにすごい技術でも意味がありません。それが私たちの判断基準です。

 宮本とSDメモリーカード・スロットについて議論したときは,最後に宮本が「お客さんに,スロットが付いていてよかったと言わせてみせる」と保証したのです。それなら付けましょうという感じでした。

─そうした考えは,現場の技術者も分かっているのでしょうか? 技術者は得てして先鋭化しがちです。例えば,半導体の技術者であればどんどん微細化する方向に進んでしまう。

 微細化は否が応でも進んでいくものです。ただ,微細化をハイスピードに使うのか,それともパワー・セーブに使うのかといった検討は必要です。Wiiの開発時には,技術の進歩を普通とは違う形で使うことを考えました。つまり,ある程度のパフォーマンスをローパワーで実現できないか。それがWiiでの問い掛けの一つでした。

 私たちは何のために技術を使っているのかというと,お客さんにニコニコしてもらうためであり,そのための最適解は何かと考えるべきです。ゲーム機の筐体が大きいことや電気をたくさん食うことを,お客さんがイヤがるのは分かっていました。その上で,どう作ればお客さんが一番驚いてくれるか。例えばWiiでは,CPUパワーはグラフィックスやUIを動かすための最小限にして,筐体を小さくすることに重点を置く方がお客さんにアピールできそうだと判断しました。