実際に製造業から農業に転じ、成功している事例も出始めた。トヨタ自動車グループが東北復興支援の一助として、野菜「パプリカ」の生産販売に本腰を入れているが、下請けとしてそれを支えてきたのが意外な企業なのだ。

 トヨタの「パプリカプロジェクト」とは、トヨタ東日本の本社・宮城大衡工場(旧セントラル自動車東北工場)の脇に排熱を利用したハイテク温室農場を建設し、2013年からパプリカの生産を始めるというものだ。トヨタ生産方式などを活用して生産性の高い農業を展開する計画だ。

ベジ・ドリーム栗原の選果場
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 実際に農場を経営するのは、豊田通商の関連企業である農業生産法人「ベジ・ドリーム栗原」(宮城県栗原市、資本金1億円)。すでに宮城県北部の栗原市で計27億円を投資し、パプリカを栽培する2つの「野菜工場」を稼働させ、今回新設されるのは「第3農場」という位置付になる。

左がトミタテクノロジー3代目社長の富田啓明氏
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 そのパプリカの生産を陰で支えているのが、トミタテクノロジー(本社・横浜市)という無名の会社だ。かつては町の鉄工場として耕運機やアルミ製救助ボートなどを生産していた。3代目社長の富田啓明氏が6年前から農業に本格参入、農業生産法人リッチフィールドを設立、ベジ・ドリーム栗原に出資している他、温室制御などの面でコンサルティングを務めている。同じく栗原市や大分県由布市にも自社農場を持つ。

 トミタテクノロジーは多角化の一環として、施設園芸が盛んなオランダの企業と提携して大型温室の輸入代理業を始めた。国産化にも挑戦し、新たに環境制御装置などを開発。紫外線殺菌装置などコンピュータ技術を駆使した「ハイテク温室」を扱うノウハウを取得し、それをデリケートなパプリカの栽培に応用した。富田氏はオランダから大規模な温室の建設・運営手法だけではなく野菜の栽培システムまで学んだ。「ハイテク温室」の日本の先駆者として知られる。

 富田氏は「農業は衰退産業と言われていますが、やり方次第では成長ビジネスになると思ったので参入した」と語る。三菱東京UFJ銀行は、難しいとされる農業への新規参入で成功した事例としてトミタテクノロジーを有望な融資先と位置付けている。人材活用の面でもグローバル化を推進し、栗原の農場長は東京農大卒で元留学生のバングラディッシュ出身のシャミム・アマメド氏、由布の農場長はヘッドハントしたスリランカ農水省の元役人のニランタ・ディサニアケ氏を起用している。

 TPPなどの自由貿易の話になると、多くのメディアが賛成か反対かの二者択一的に報じる傾向にある。農協関係者や一部の政治家は「日本の農業は国際競争力がないので自由化すると農家の経営が成り立たなくなる」「海外の農産物が入ってきて食の安全性が脅かされる」といった自由化反対論を主張し、これに対して自由化賛成派の学者や官僚は「逆に日本からの輸出市場が拡大する」「これを契機に日本の農家を大規模化し、国際競争力のある農家を育成すべき」といった反論を展開する。

 筆者はこうした二者択一の議論には反対だ。物事には光と影の部分が必ずある。確かに自由化によって競争力のない農家は衰退していくだろう。一方で自由化がチャンスになる農家だってあるはずだ。日本とは安全管理基準の違う農産物が輸入される可能性もあるが、一概に外国産の農産物が「危険」とも言えない。消費者の選択肢が増えるという見方もできる。

 大切なのは、農家が時代の流れを見て、自助努力で経営を成り立たせることである。そして、国の支援が必要であるとするならば、自助努力する農家に戦略的補助金が回るようにすべきである。自助努力する農家は、経営を拡大させ、雇用を生み出し、税も収める。税金を使った補助金が新たな付加価値を生み出す「好循環」を作ることが大切ではないか。税収が落ち込んで国家財政が危機の中で農業につぎ込める財源にも限りがあるからこそ、食料生産を担う農業をどのような産業として位置付け、どのような農家を育成していくかの視点が国家に求められているのだ。

 こうした考えは、円高、高い人件費や電力料金などにより、苦境にある日本の製造業の競争力をどう維持していくのかにも繋がる。グローバル競争の加速によって、日本国内では成り立たない製造業もあるし、そうした企業は思い切って日本を捨てて海外に出て、富を海外から国内に持ち帰ってくる戦略に切り替えた方がいいかもしれない。一方で、日本に留まっても競争力をまだまだ維持できる企業もある。戦略上、コストは高くても日本に残すべき産業もあるだろう。

 綺麗ごとではなく、産官学が一体となって冷静な「戦略眼」を持ち、日本の産業競争力をどう維持していくか、補助金などの公的支援がどのように新しい付加価値を創り出すかを考えていくことが重要なのである。平たく言えば、国益を考え、支援すべきあるいは残すべき産業は何かを冷静に考える時代が来ていると感じる。だから極論すれば「捨てる産業」だって出てくる。「ものづくりは大切」「ものづくりは日本のお家芸」といった何となくの主張や戦略では、それこそ日本のものづくりは生き残れない。戦略的な農家の取材を通じて改めて感じたことだ。