「文革のことなんて話して大丈夫ですか、中国では文革と天安門事件の話はタブーと聞いていましたが」。
食事の席で「文革」についてとうとうと喋る中国のビジネスパートナーに恐る恐る聞いてみた。

 「いや、平気ですよ。一昔前までは確かに文革について触れるのはタブーでしたが、今は、違います。そもそも文革を理解しないと中国でのビジネスはできませんから」なんと、文革は中国ビジネスを理解するキーワードになっているという。いったいどういうことなのか。

 ウィキペディアによれば、文革、つまり文化大革命は、1966年から1976年まで続いた、「封建的文化、資本主義文化を批判し、新しく社会主義文化を創生しよう」という名目で行われた改革運動。政治・社会・思想・文化の全般にわたる改革運動という名目で開始されたものの、実質的には大躍進政策の失政によって政権中枢から失脚していた毛沢東らが、中国共産党指導部内の実権派による修正主義の伸長に対して、自身の復権を画策して引き起こした大規模な権力闘争として展開された。党の権力者や知識人だけでなく全国の人民も対象として、紅衛兵による組織的な暴力を伴う全国的な粛清運動が展開され、多数の死者を出したほか、1億人近くが何らかの被害を被り、国内の主要な文化の破壊と経済活動の長期停滞をもたらすこととなった。

 「中国の経営者が比較的若い人が多いでしょう。それは文革の影響です」と彼は言う。つまり、文革の影響を受けていないのは35歳以下の若い人たちであり、こうした世代の海外留学からの帰国組(海亀族)が中国で起業し成功するパターンが多いのだそうだ。「『中国で高齢化が進んでいるから日本同様にシルバー産業が発展する』と主張する日本人が多い。けどそれは、文革世代をまったく理解していないから言えること」なのだともいう。

 文革世代は子供のころ、厳しい社会主義運動にさらされた。その後の1960年代前後には中国全土を襲う自然災害に襲われ、それからほどなく文化大革命が起こり、学校も職場も閉鎖されるといった状況に置かれる。農村に下放(都市部の青年を地方の農村に送り込み、肉体労働を行うことを通じて思想改造をしながら社会主義国家建設に協力させることを目的とした思想政策)されたものも多い。この文革が終わると人口問題から一人っ子政策、やっと企業で働き始めると低賃金やリストラに泣かされるという不遇の時代を過ごすことになる。だから、50代の人たちの多くは経済的にあまり豊かではないらしい。実際、親である80代の面倒を見る経済的余裕がなく困っている人たちが多いのだという。バブル期という経済的に恵まれた時期を過ごした日本の50代、60代とは、どうやらかなり状況は違うようだ。

 しかし、中国の50代は、なけなしの貯金をはたいて、可愛い一人っ子を援助する人たちでもある。この子達こそが1980年代に生まれた80后で、「小皇帝」といわれる世代である。この世代は、親2人とその祖父母4人から援助を受けるので「六一世代」ともいわれ、今、中国の消費の中心的存在なのだ。不動産を買ってせっせと財テクにいそしんだのも、この80世代だ。

 経済的に恵まれない50代以上の人たちがいる一方で、80世代を代表とする中国の富裕層は、ますます購買力を増していく。商売を考えるなら、やはりこの富裕層をターゲットにすべきなのだろう。中国だけではない。東南アジアでも富裕層の台頭は目覚しい。

 ジャカルタでは、高級百貨店が立ち並び、その発展ぶりには目を見張るものがある。ところが、店舗にある高級ブランドのコーナーには、全くショッピングに興じる人の姿がない。それを見て、「インドネシアでは高級なブランドはなかなか売れないのだろう。そうだとすれば、店は成り立たないはずなのだがどうなっているのだろう」と不思議に思っていた。

 そこで店のオーナーに聞いてみた。すると「お金持ちのお客様は店舗の開店前にご来店されます。『ここからここまで全て売ってほしい』とか『店のモノ全部買います』と、まとめて買われて行きますよ」とのこと。何ともすさまじい。

 ところが、「経済的に豊かになれば中間層も徐々に育ってきて、将来は市場の担い手になるのでしょうね」と聞くと「いえ、まったくそのような方々は私どものお客様にならないと思います」との冷たい返事。貧困層は、今もって貧困で、いつまでたっても高級百貨店に近寄ろうともしない。そもそも、頑張って金儲けをしようという人が少ないのだとか。富裕層は、いつまでも安い賃金の労働者を使い人件費を抑え、利益を出してさらに儲かるという構造になっているのだという。貧富の差を前提に、東南アジアでは半端でない大金持ちがどんどん台頭してくる。それを見つつも、貧困層はなかなか行動を起こそうとはしないようだ。

 一方、中国では、貧富の差が大きな社会問題になっている。貧富の差が暴動や社会的混乱を引き起こし、中国政府はその解決を図るために躍起となる。その影響で労働者の賃金は上昇して企業のコストは増加、収益が減少する企業が増えているのだ。インフレの進行によって、コスト増から赤字に転落してしまう企業も少なくない。

 年配の労働者からは「文革時代の方がみな平等でよかった。あのころが懐かしい」との声が聞かれるようにもなった。現代の文革とばかりに中国各地で、貧富の差を放置しながら特権で私腹を肥やす地方政府の役人をターゲットとした暴動が起きるようにもなった。重慶の元書記の薄熙来(はくきらい)氏がこの「文革ブーム」に便乗して市民の人気を取ろうとした事件も起きた。

 こうした事件の背景にあるのが、文革の経験だと多くの中国人は指摘する。多感な頃に叩きこまれた、貧富の差を憎悪する意識がどこか根底にあるのだという。そこが、インドネシアと中国の差ということになるのかもしれない。

 今年の秋、中国の新しい指導者を決める全国人民代表者会議(全人代)が開催される。現在の最高指導者、胡錦濤総書記から習近平氏などへの政権移譲があるだろう。先の薄熙来=王立軍事件以降、李克強氏の名も浮上し始めた。しかし、習氏であれ、李氏であれ、両氏とも50代の文革世代である。この世代が初めて鄧小平という革命第一世代(毛沢東など中華人民共和国を建国した世代)の影響を受けずに指導者に選択されることになる。

 鄧小平という第一革命世代が中国型の「先富」論、つまり「富める者から富め」という方針を採り、江沢民総書記時代に大きな経済格差問題を起こしてしまった。それを受け胡錦濤総書記時代には、「共富」論と和諧社会、つまり貧富の差をなくし格差を是正しようとの取り組みが盛んになった。

 そして、バトンは次のリーダーに渡される。そのリーダーが、その後の中国の方向性を決めるのである。

 日本では、「中国は成熟期を迎え、さらには政治的混乱もあって経済的には失速しつつあるのではないか」と分析する向きもある。しかし、中国でビジネスをしている自身の体感からすれば、それは少し違うような気がする。次の方針が決まるこの秋をにらみ、中国の経済人たちは静観している。このために、今年に入り大きな投資案件は避けられている節がある。しかし水面下では、着実に次の時代に向けて準備を進めている。それこそが、多くの経験を積んできた中国経済人のしたたかさなのである。

本稿は、中国ビジネス専門メルマガ『ChiBiz Inside』(隔週刊)で配信したものです。ChiBiz Insideのお申し込み(無料)はこちらから。