燃料電池が太陽電池の二の舞に——。そんな危機感を抱かせるような状況が、燃料電池の分野で起こりつつある。

 燃料電池の技術開発で、日本のメーカーは世界をリードしてきた。その成果を事業化するため、「エネファーム」に代表される家庭用燃料電池を普及させようと懸命な努力を続けている。しかし日本がそうしている間に、欧米は別の方向に動いていた。大規模な産業用途から燃料電池を使い始めたのだ。そして、その市場を急速に拡大させつつある。

 このストーリーを聞いて「どこかで聞いた話だな」と思った読者も多いのではないだろうか。そう、太陽光発電パネルで起こったことである。ここ数年、世界各地で次々に事業用メガソーラーが稼働を始めている。中でもドイツやスペイン、米国などは設備容量を急激に増やした。太陽光発電パネルのメーカーは競うように事業用メガソーラーに向けて大量の製品を供給した。結果、同パネルのコストが大幅に低下。その恩恵を受けて家庭用の市場も立ち上がっていくという好循環が生じた。

 こうした流れを素早く読み取った米First Solar社や中国Suntech Power社は、太陽光発電パネルの生産設備に大規模な投資を敢行する。これにより、パネル需要の高まりに応えた。規模の経済をうまく利用し、低コストなパネルの大量生産に短期間で成功しつつある。現在、太陽光発電パネルの世界市場でシェアトップを争っているのは、これらの新興企業である。老舗の日本勢は研究開発で先行していたのに、急成長を遂げた新興企業に一気に抜き去られてしまった。パナソニックやシャープなどの国内メーカーは、慌てて巻き返しを図っている状況だ。

 燃料電池の分野でも、これと同じようなことが起こりつつある。日本は普及初期に家庭用に強く依存するスタイルを変えていないが、このままでは大幅な低コスト化は進まない。日本メーカーが世界市場で大きく出遅れる可能性がある。

一見、順調な伸びだが・・・

 エネファームの国内販売台数自体は、順調に増加している(図1)。2009年9月に販売が開始され、初年度は全国で5000台のエネファームが導入された。以降、毎年着実に販売台数を増やし、2011年には1万台の大台を突破。ガス最大手の東京ガスは、2012年度に2万台近い販売台数を見込んでいる。同社は5月に東京都内で開催された燃料電池技術の学会で、累計導入台数が2012年度末に4万台を超える可能性があると発表した(図2)。

図1●家庭用燃料電池システムの国内導入台数の推移
ほぼすべてが固体高分子型燃料電池(PEFC)である。2012年度の値は見込み。(作成:テクノアソシエーツ)
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図2●第19回燃料電池シンポジウムで東京ガスが示したエネファームの導入台数
(写真:テクノアソシエーツ)
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図3●アサカワホームがスマートハウスEXPOで展示したエネファームのカットモデル
(写真:テクノアソシエーツ)
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 背景にあるのは、東日本大震災に端を発する停電リスクや電力不足だ。現在、国民の多くが何らかの形で省エネや創エネを意識している。大手住宅メーカーもそういった省エネや創エネ、蓄エネに積極的な顧客層を取り込む動きを加速している。例えば上述の学会と同じ週に都内で開催された「スマートハウスEXPO」では、積水ハウスや大和ハウス、ミサワホームなどがエネファームを標準装備する最先端のスマートハウスを披露していた(図3)。

 このように盛り上がりを見せる家庭用燃料電池だが、実は課題が山積している。最もネックになっているのは導入コストである。当初の販売価格である300万円に比べれば下落し始めているとはいえ、エネファームは約270万円と一般的な家庭が導入するにはまだ敷居が高い。太陽光発電パネルや電気自動車などと同様、燃料電池の普及も補助金頼みとなっているのが現状である。それでも初期費用は200万円近くに達する。このため現時点におけるエネファーム購入者の大半は、環境意識が高い富裕層で、一戸建て住宅に居住している人。つまり、ごく限られた人たちなのである。