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贔屓(ひいき)の引き倒し

佐々木次郎
2012/04/09 12:00
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 「それじゃあ贔屓(ひいき)の引き倒しじゃあねェか。ったく、期待しているのなら、黙って見てろってんだよォ。それを、いちいち口を出しやがって、かえって萎縮しちまうぜェ」。

 困ったもんですナ。また例の役員が一騒動起こしそうなんですヨ。いやいや、今度はやり過ぎってことかもしれませんが、要するに、見守ってくれればいいのに、黙っていられないようで、まさに逆効果なんですヨ。

 事の始まりは開発のF君です。F君、最近になって成長著しいと申しましょうか、新製品の開発がことごとく成功しているのですヨ。まあ、分かりやすく言いますと、百発百中と言ってもいいくらいに、上手く行っているのですナ。新製品、売れているのは勿論ですが、会社への貢献度も高く、社長以下、社員一同、F君の功績を誰もが認めているのですヤネ。

 それはそれでイイのですが、例の役員、今回はやけに彼にハマっちまって、「F君こそ我が社の誉れ、ヒーローだ!」と、もう大騒ぎなんですヨ。まあ、役員の性格と言えば性格なんでしょうが、これがイイと言い出したら見境がないのですナ。とにかく毎日、F君F君と、まるで韓流スターの追っ掛けオバサンみたいなんですヨ。

 最近、問題なのは、このF君に対する異常な思い入れが、応援どころか、過剰な期待になり、挙げ句、F君にとっては重荷になってしまっているのです。

 「ナァ次郎さん、直属の上司は俺なんだから、俺に任せておいてくれればいいじゃないか。誰もが彼の手柄は知っているし、勿論、それを一番知っていて評価しているのは俺なんだから、彼の処遇は任せておけってんだよなあ、そうだろう? 第一、開発部の人間を褒めてくれるのは嬉しいが、その部門長である俺に何にも挨拶が無いのが問題じゃあねェか。何も、俺に礼を言えとは言わないが、頭ごなしに褒めるてェのも、組織上、問題だわナァ」。

 確かに部長の言う通り、いくら役員といっても、先ずは部長を褒めるのがスジじゃありませんかねェ。F君が存分に開発にうち込めたのも、部長の懐の広さによるものが大きいのですヨ。最初はビクビクしていたF君を引き上げ、自信を付ける為に任せたのは、部長なんですワナ。
 
 「次郎さんなら分かってもらえるだろうが、俺は手柄が欲しくて言ってるんじゃあねえよ。今の成功は、開発部全体の働きがあっての事サ。それを一番知っているのはF君だし、まして、他の誰もF君を妬んでいる訳でもない。問題なのは、最近、贔屓の引き倒しになりそうな、あの役員が心配なのよ」。

 贔屓の引き倒し、あらためて解説しておきますと、気に入って引き立てている者を、よりいっそう引き立てようとするばかりに、かえって力を入れ過ぎて引き倒してしまうようなこと、という意味ですヨ。まあ、よくある話ではありますが、贔屓にされた方は大迷惑、黙っていてくれれば何の問題も起こらないのに、かえって、それで開発が上手く行かなくなるような、まさに、大問題です。

 部長が続けて、「実は、今度の開発、大袈裟に言えば社運を賭けると言ってもいいくらいの大仕事なんだ。それを、F君をリーダーにしてやろうと決めたんだ。べつに言わなくても良かったんだが、社長に報告したら、直ぐに例の役員に伝わって、今になったらそれがアダになっちまったということサ。役員が、なんだかんだと口を挟むようになったという訳よ。今日の出来事はその中でも最悪で、何と、『F君、今度の開発が上手く行ったら、二階級特進だ!』って、皆の前で言っちまったのよ。ナァ、本当にバカだよナァ。そんな事を言われたら、上手く行かなかったらどうなるのか、それを考えてしまうじゃあねえか、ナァ次郎さん」。

 ったく、役員の頭の中は、一体、どういう構造になっているのでしょうか。一度、割って覗いてみたくなりますヤネ。本当に。

 「ははは、またあの役員の話? もう、本当に懲りないのねえ、あの人。きっと、F君の手柄を自分の手柄にしたい、それだけのことよ。分かるでしょ、贔屓の引き倒しってのは、実際は自分の手柄にしたいから、引き倒すことになってしまうのよ。つまり、本当に相手のことを考えて特別に応援すること、それが贔屓じゃない。それだけなら、贔屓にされる方もする方も、ある一定の線引きというか役割が明確なのよ。それは、世話をする側される側、それを別の言い方をすれば、応援する側、成果を出す側、ってことじゃない。なのに、引き倒すまでに入れこむのは、この成果を出す側に、いつの間にか自分もなってしまう状態なのよ。これだけ、世話をしているのだから、その成果の分け前をよこせ、いつの間にかそういう気持ちになってしまうのよ。本当は、贔屓をすることによる利益なんて、自分の気持ちが良くなればそれでいいだけなのに、いつの間に、それより以上の何かを求めるようになる、それが引き倒しなのよ。バカよねェ、応援団がいつの間にかグランドに入って、選手と一緒に野球をするのと同じで、選手の資格も、第一、そこに居てはいけないのに、一緒にプレーをするなんて、バカというか最低ね!」。

 う~ん、いつものことですがお局の言うこと、本当に分かりやすいですヨ。応援団がいつの間にか一緒にゲームをしているなんて、まさにその通り、バカな話ですヤネ。

 「お局、有難うよ。いい例え話で分かりやすいし、今の状況はまさにその通り。何とかしねえと、F君が潰れちまう、何とかしないとなあ…」。

 本当に困ったものです、ここで何とかしないと、F君はもとより、開発そのものがおかしな方向に行っちまいますワナ。しかし、よく考えると、このような贔屓の引き倒し、よくある話じゃありませんか。アタシ達の身の周りに、このような、贔屓の引き倒し、一杯ありますヨ。

 例えば、パワハラ、これも贔屓の引き倒しかもしれません。正確には、パワーハラスメントというのですが、その意味は、東京都が1995年に出した指針に依りますと 「職場において、地位や人間関係で弱い立場の労働者に対して、精神的又は身体的な苦痛を与えることにより、結果として労働者の働く権利を侵害し、職場環境を悪化させる行為」となってはいますが、こんなに重くなる前に、ちょっとの贔屓が、結果、引き倒しになっているケースも、多いのではないでしょうかねェ。

 最初の内は、部下の為にと目を掛けていたのが、そのうち、思うような期待に応えてくれなくなると、上司の立場で指導をしているつもりが、いつの間にか、嫌がらせや苦痛を与えるようになる、そんな事になったのかもしれません。要するに、引き立てようと贔屓していたのが、いつの間にか、贔屓のし過ぎで、ついついチカラを入れ過ぎて、それが感情的な問題になってしまうのですヨ。

 こればかりではないのでしょうが、相手の為に良かれという最初の気持ちが、いつの間にか、自分にもご褒美が欲しくなる、もっと良かれと思うようになる、というのが人情かもしれませんヤネ。

 「大丈夫、アタシに任せてくれない。アタシ、ちょっと考えがあるの」。おっと、突然、お局が任せてくれと言い出しました。きっと、何かアイデアがあるのでしょう。

 …てな事で、数日後、いつもの赤提灯で報告会…。

 「ねえ、先輩。評判ですよ。一体、あの役員に何と言ったのですか? 先輩が役員室で何かを話したら、ピシャッと、引き倒しが無くなったじゃないですか。F君には勿論、開発部にも顔を出さなくなったし、役員からはFの字も開発のKAの字も出なくなったって、評判です!」。

 「ふふふ、でしょう? アタシ、勝算があったのよ。あの役員さんはね、人の手柄を欲しがるように、要するにミミッチイのよ。言い換えれば、しみったれ、けち、それだけの人なのよ。だからね、こう言ったの。『役員さんが、今度の開発のご指導をなさっていると聞いて、社員全員が嬉しく思っています。役員さんが直接開発を主導されれば、この開発は成功間違いなし。今まで、たまたま上手く行っていたF君ですが、もうネタは尽きたろう、皆、そう思っていたところに、役員さんが主導されるのだから、今度も大丈夫。みんな、役員さんに期待しています』ってね。そうしたら役員さん、もしも上手く行かなった時の事を考えたのではないかしら。要するに、そうなったら、自分のセイになるのではないかとね。ふふふ、どう、本当にミミッチイでしょう?」。

 ははは、これには全員大笑い。いやあ、大したもんです、そんな手があったのですナァ。

 「俺もそこに居たかったぜェ、お局。役員がどんな顔をしたか、想像はできるが見たかったぜェ、よくやってくれたよナァ」。
 
 アスパラも、「せ、先輩、凄いです! どうして、そんな発想が出来るのでしょうか。先輩は天才です!」。

 まさに、お局は天才かもしれません。こうして、誰を凹ますこともなく、上手に、自分から気付かせて、手を引かせる。まさに、役員を手玉に取った訳ですヨ。

 「ううん、実は、これって受け売りなのよ。褒め殺しって知ってる? その褒め殺しなの。褒め殺しってのはね、元々、歌舞伎などの芸能関係で使われてきた用語で、頭角を現した若手を必要以上に褒めることで有頂天にさせ、結局その才能を駄目にしてしまうことなのよ。だから、それを使っただけのこと。ある意味、贔屓の引き倒しの逆の手法なのよね。贔屓の引き倒しをどうしたらただせるのか、ひょっとしたら、この褒め殺しが有効かもしれないって、そう考えたのよ。でも、今度の場合、ミミッチイ役員だから、有頂天にはならずに、逆にビビってくれたのよね。でも、有頂天になったらなったで、そのうちに周囲の空気を感じて分かったでしょうから、どちらにしても、F君にこれ以上の害は及ばなかったと思うわよ」。

 いやいや、お局の権謀術数、参りました!

 さてさて、そろそろ今夜はこれでお開きにしましょうか、と思ったところに、久し振りに欧陽春くん。

 「いやあ、先輩、今夜は感動というより、驚きました。先輩が、そこまで考えて役員さんを黙らせたのですから、もしも先輩が政治家だったら、立派な大臣どころか、首相にもなれるでしょう。凄いです!」。

 聞いたお局、「ありがとう、欧陽春くん、嬉しいわ。でもね、アタシよりあなたの方が立派よ。さっきからジイッと冷静に聞いていてくれて、頷くところが普通じゃないの。あなたこそ、帰国したら立派な実業家になれるわよ。あなたは、いつも冷静に人の言うこと聞いていて、自分の役に立つ情報をしっかりと蓄積しているの。それは立派なこと、だから、あなたこそ大物になって欲しいし、絶対になれるわよ!」。

 それを聞いた欧陽春くん、「ええっ、本当ですか、嬉しいなあ。じゃあ、今夜は全部、私のオゴリです!」って、本当にイイ気分になってしまいましたヨ。

 …しかし、振り返って、アタシにウインクをするお局、やはり、ただ者じゃありません…。

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