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言えない大事

あつものに懲りるな

  • 佐々木次郎
  • 2012/03/26 13:30
  • 1/1ページ

 「いいから、大丈夫だって、やってごらんよ。そりゃあ、前回は失敗かもしれねえが、今度は大丈夫。第一、あの時の教訓があるじゃねェか。なあ、大丈夫だから、やってごらんよォ」。

 部長がT君に諭すように話しかけています。
 実は、このT君、だいぶ前に担当した開発が上手く行かず、そのトラウマがあるんですナ。いえね、会社に大損をさせたって事ァないのですが、本人がひどく落ち込んで、そりゃあ立ち直るまでには大変でしたヨ。

 それが、今回の開発は、あれから時代も変わって、その時のコンセプトが今ならドンピシャ、そんなめぐり合わせと言いましょうか、逆に言えば、あの時は早過ぎたのかもしれませんヤネ。

 「そうさ、次郎さんの言う通り、あねえの時は少し早かったのかもしれねえぜェ。ある意味で、先見の明があったって事よ。なあT君、周囲の環境が変わったんだから、それに、上手く行かなかったのは、君のセイじゃないよ。時代、時代のセイよ」。

 部長も、よほどT君を信頼しているのですナ。そうかもしれません、立ち直ってからのT君は、そりゃあ、人が変わったようにバリバリと快進撃。任せられた開発をことごとく成功させているんですヨ。
 だから、今度の開発だって、時代が変わって今ならOK、部長も太鼓判を押しているてェことですワナ。

 ところが…。
 「す、すみません。私のことを信頼してくれて、それは嬉しいのですが、何せ、あの時の失敗が忘れられないのです。他のことならいいのですが、このテーマだけは勘弁してくれませんか。本当に申し訳ありません」。
  …ということで、どうしてもT君は出来ないの一点張りなんですヨ。

 「困ったもんだなあ、羹に懲りて膾を吹く、その典型じゃあねェか。気持ち的には分かるが、ダメだった原因も分かっているし、今なら、成功の確率は飛躍的に上がっているのに、今でもなますを吹くのかよォ…」。

 部長もガッカリと言うか、諦められないのですヨ。今度の開発は、我が社にとっても大事な開発。それをエースに任せたいてェ事ですヤネ。野球で言えば、負けられない試合にエースを投入するのと同じですワナ。

 「次郎さんだってそう思うだろう? 今度の開発は彼にとってもチャンスだと思うのサ。一度は失敗、いや厳密に言えば失敗じゃないのだけど、彼にとってはリベンジ、名誉挽回のチャンスじゃねえか。それを、いつまで羹に懲りてりゃあ済むのか、ほんと、いい加減にしねえとナァ」。

 羹(あつもの)に懲(こ)りて膾(なます)を吹く、ご存じでしょうが、念のため解説しますてェと、あつものというのは、熱い吸い物のことを言いまして、そのあつものでやけどでもしたのでしょうか、なます(加熱しない料理)のような冷たいものまで吹き冷まして食べるように、過度の用心をすることですヨ。

 今のT君は、ちょうどそんな感じになっちまって、そんなひどいやけどをした訳じゃないのに、精神的なダメージは、相当、大きかったのかもしれませんゾ。

 「だからと言って、いつまでも膾を吹くばっかりじゃダメよ! 部長の言うように、ここはチャンスと思わなきゃダメ!」。
 おっと、またもやお局の横入りですヨ。

 「大体、羹に懲りたって言うけど、それは逆の視点で言えば、痛い想いをして、大事なことを学んだってことじゃない。それなのに、まだグズグズ言うなんて、意気地無し!」。
 はは、お局に言わせると、意気地無しですヨ。でも、そうかもしれません。このような話、あちこちにありますヤネ。

 「最近、アタシの家の近くにある公園の遊具で、子供がちょっとケガをしたの。そうしたら、何と、公園が立ち入り禁止になったのよ。アタシ、それはビックリしたわよォ。だって、その遊具をすぐに直せばいいだけのことじゃない。それを、その遊具はそのままにして、公園全部が立ち入り禁止なんて、まるで、羹に懲りて断食したってことじゃない、ねえ」。

 羹に懲りて断食、お局も上手いことを言いますヨ。確かに、このような事ァ、あちこちにありますワナ。

 アスパラが…
 「そう言えば、ウチの社員食堂のメニューでもありましたよ。ほら、食堂のおじさんが一生懸命に打っていた手打ち蕎麦、評判じゃないですか、美味しいって。それを、新入社員の一人が蕎麦アレルギーだって、そのお母さんが会社に言ってきたんですって、うちの子は蕎麦アレルギーだからはダメだって。だから、メニューから外そうかどうしようかと、相当、問題になったようですよ。そうしたら、食堂のおじさんが『だったら、喰わなきゃいいのサ、その新入社員がよォ』って、一言。それで一同、そうだよナァって、一見落着。いい大人が、今時の学校給食に問題があると、モンスターペアレントに言われてオロオロしているような状態になったのですよ。ボクもそれを聞いて大笑いでした」。

 …へえ、そんなことがあったのですねェ、知りませんでしたヨ。確かに、そんなバカな話、ありませんヤネ。自分にアレルギーがあるから、それまでの看板メニューを外せって、多分、その子の親はずうっと学校ではそう言って来たのでしょうナ。だからと言って、ここは会社、しかも今までにそんな問題はありませんでしたヨ。

 それを、ウチの会社では初めてのことですが、そんな事を言われたことのないシト達が、ビックリしてオロオロしたということですヨ。情けないじゃありませんか、そんな話、おじさんの言う通り、自分で分かっているんだったら、食べなきゃいいんです、それだけのことですヨ。

 それにしても今どきの新入社員、いつまでも親に口出しさせるなんざァ、いい加減にして欲しいですなあ。

 そんなこんなで、今夜も赤提灯…。

 「いやあ、アスパラ、ウチの食堂でそんなことがあったのかい。笑っちまうぜェ。多分、ウチの総務もビックリして、どうしていいのか分からなくなっちまったのサ。モンスターペアレントが押し掛けないかってな。でもよォ、この話の本質は、そんな理不尽なモンスターペアレントのことじゃあなくて、やはり、羹に懲りて膾を吹く、その事じゃないのかなあ。俺達は、いつの間にか、何か問題があると、それに懲りてしまう。本当は、何とか問題を解決して、その次のステップに行かなくちゃいけねェのに、案外、アツモノのセイにして、問題をすり替えているのかもしれねェぜェ。俺もT君には言ったのだが、懲りて、それで終わりじゃ何の進歩もないじゃないか。懲りたら、それを教訓にして、じゃあこれからどうするか、それが大事だってェことよ」。

 部長の言うように、羹に懲りて膾を吹くのは、案外、安全運転のように見えますが、実は、何の進歩もありゃしませんヤネ。懲りたら、次にどうするか、それが大事じゃありませんかねェ。

 「そうよ、今の社会って、羹に懲り過ぎてるんじゃないかしら。何か事故や事件があると、もう危険だから全部ダメって直ぐに言うでしょ。第一、使い方が悪いのか、元々の欠陥があったのか、あるいは、偶然なのか必然なのか、起こった事故の本質的な問題をそっちのけに全部ダメ、そんなことが多いのじゃないかしら。自動車だって、世界中で年間何十万人も交通事故で死んでいるのに、自動車が走るのはダメだって、そんな意見はないでしょうに。要するに、羹に懲りてばかりじゃいけないのよ。もしも羹でやけどをしたら、今度は熱いものを食べるときに、ちゃんと冷まして食べればいい。それだけの事じゃない。要は、熱いのか冷たいのか、それを見極めることよ」。

 それにしても、いつも、お局の話は分かり易いですナ。その通りです、本質は、問題があるとしたら、その原因は何か、それをしっかりと解明するだけのことですヤネ。
 一体アタシ達は、いつから、こんなに羹に懲りて膾を吹くようになっちまったんでしょうか…。

 「アタシ、アメリカに居た時、いつも思っていたの。アメリカ人って、本当に懲りないんだなあって。だってそうでしょう。宇宙開発だって、どれだけの犠牲者が出たのか、みんな知っているわよ。でも、くじけないし、泣いてはいなかった。ちゃんと問題点を洗い出し、どこまでなら安全か、ちゃんと検証して、次の打ち上げをちゃんとやる。それが犠牲者に報いることのように、やるじゃない。もしも、これが日本だったら、もう開発は終わり。危険だからと、誰かが言ったらそれで終わり。医薬品の世界もそうよ。いい薬が必要なのに、誰かが反対したら、それで終わり。いい薬を輸入して、不治の病だった人が助かるかもしれないのに、副作用があるのかもしれないからと、誰かが反対したら、それでダメ。一体、この国はいつまで羹に懲りて膾を吹いていればいいのよォ!」。

 確かに、お局の言うように、羹に懲りて膾を吹くようして終わってしまった重要なことが、一体、いくつあったのでしょうか。それは、過去のことではなくて、現在進行形でアタシ達の身近に一杯ありますヤネ。一つ一つ挙げたらキリがないくらい、アタシ達の周りには、そんな、あつものに懲りているシト達で溢れているように見えますヨ。

 「でしょう? 次郎さん、だからァ、アタシ達がそんな馬鹿どもをバッサバッサと切り捨てなきゃいけないのよォ! 次郎さん、やるっきゃないでしょう!」。

 おっと、お局の目が据わって来ましたヨ。くわばらくわばら、このあたりでお開きにしましょうか。

 お局に懲りてお店を出る、なんちゃって。

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