映画「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」を見た。主人公がドイツBMW社のPHEV(プラグインハイブリッド車)「i8」に乗って街の中を走りまわる。「ヒュンヒュン」とモータ音だかギヤ音だかを盛大に上げていた。あの音がハリウッドの音声さんの心の中にあるHEV(ハイブリッド車)の音なのだろう。

 ハリウッドの影響力は大きい。ハリウッド的に正しい弁護士とか、ハリウッド的に正しいスパイとか、実世界にあり得ないものでも“正しい”ことになってしまう。この映画が良い例だ。スパイがあんなイケメンじゃ、目立ってまずいだろう。

 あの音もハリウッド的に正しいHEVの音だ。多くの人が刷り込まれるだろう。何しろシリーズ最大のヒット作で、既に日本だけで400万人が見ている。

 EV(電気自動車)やHEVの開発で、騒音問題に取り組んでいる人たちは「へっ、あんな音」というだろう。「懐かしいねえ、ありゃチョッパ制御の頃の音だ」「ギヤの噛み合い率をもうちょっと上げてみな」「安い歯切盤でも使ってんだろ」。俺たちはあんなものとっくに卒業した。騒音は低いほどいい。

 おっしゃる通り。それは技術的には正しい。

 しかし、顧客が何を欲しがっているかは、技術とは別のところにある。「技術的に正しい」というのは絶対ではない。「ハリウッド的に正しい」と同じ重みしかないこともある。最終商品を造る自動車の難しいところである。

 日本の大メーカーで昔あった話だ。出始めたばかりのターボ過給車に、客先からクレームがきた。「音がターボ車らしくない」。恐らくあまり上品なお客様ではなかったのだろう。「ターボらしい音がしてくんねえと、走った気がしねえんだよ」的なことだったに違いない。

 お客様は神様である。上品下品は関係ない。技術者たちは泣きながら“改善”に取り組んだ。いや、泣く現場を見ていないので慎重に書くと、その話をしてくれた技術者は「泣きながら改善に取り組んだよ」と当時を振り返った。本当に泣いたかどうかは、今となっては分からない。

 ターボチャージャの「キーン」音は基本的には空力音である。空力音を増やすということは渦を増やすということだ。結果として燃費が悪くなる。そこで技術者が泣きながら考えたのが、振れ回りの公差を増やす方法だった。

 ターボチャージャではタービンホイールとコンプレッサホイールの裏側を少し削って2面釣り合いを取る。圧縮空気を吹き込んで10万rpmくらいで回し、不釣り合い量を測り、それが最小になるように削る量を決める。

 ここで、あえて不釣り合い量を増やす方向に管理して、少し振れ回るようにした。こうすると空力音に似た音が出る。強引ではあるが、とにかくターボ音を演出した。くどいようだが、泣きながら演出した。

 HEV、EVに話を戻す。開発している人たちは、騒音を少しでも減らそうと日夜努力している。今の技術なら、音はかなり減らせる。モータからのヒュンヒュン音は、鉄心の磁歪(わい)音だろう。今のIGBT(絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)を使えば動作周波数を高くし、磁歪音の音程を人間の耳に聞こえない領域まで上げてしまうことができる。

 お客様の感じ方によって、それが無駄な努力になるリスクを、技術者はいつも覚悟しておいたほうが良い。EV、HEVの音についても、「ミッション:インポッシブルみたいにヒュンヒュンしてくれないとHEVらしくない」というクレームが、いつ来ないとも限らない。

 正直、ヒュンヒュンを許してくれるのならメーカーとしてはありがたい。例えば「1パルススイッチング」という技を使いまくって“電費”をかせぐことができる。1パルススイッチングはトヨタ自動車のHEV「プリウス」などでは回転数が高いときに既に使われている。PWM(Pulse Width Modulation)制御で律儀に正弦波を作っていくのでなく、パルスをドンと入れてしまう。モータ巻き線のインダクタンスで電流の立ち上がりが遅れるので、結果として正弦波(の・ようなもの)になるという荒業である。PWM制御よりスイッチングの回数を減らせる。回数を減らせば、スイッチング損失の分だけ電費は良くなる。その代わり、ちょっと音が出る。

 例えば発電所を設計する場合、どちらに向かえばよくなるか、迷うことはない。効率は高い方がいい。NOx排出量は少ない方がいい。コストは安い方がいい。騒音は小さい方がいい。複数の条件を天秤にかけて引き下がることはあるが、一つひとつの条件を見れば、行きたい方向は決まっている。これが普通の設計である。

 クルマは普通ではない。方向が決まらず、適当な着地点を狙う匙(さじ)加減の勝負になる。適当に敏感で適当に鷹揚で、適当に静かで適当にうるさく、適当にしっかりして適当にしなやかなクルマをお客様は求めている。だからクルマの開発は、ものすごくめんどくさくて、ありえないほど飽きない仕事なのである。