私は中国でいくつかの大学の教授をしたり、来日する中国のビジネス視察団に対し講義をしたりしている。ところが昨年末は欧州危機を受けて広東省からのツアーが激減、当初は放射能による影響かと思ったが、よく主催者側に話を聞いてみると、欧州危機への対応で、来日予定だった経営者がキャンセルせざるを得ない状況になったということだ。

 まだまだ海外旅行が一般的ではない中国では、日本への訪問は一大イベントである。日本が初めてという経営者のなかには1年越しで準備を進めている人もいるぐらいだ。だから、それをキャンセルするというのはよっぽどのことがない限りあり得ない。次にいつ日本に来られるかわからないから、たとえ雨が降って霧で何も見えなくても富士山五合目への観光を取りやめたりしない。これが中国スタイルなのだ。その中国人経営者が日本への訪問を取りやめるなどよほどの事態だと言える。

 「そんなに広東省の工業地帯は受注が落ち込んでいるのか」

 「ええ、欧州向けの輸出は、特に昨年の10月末からゼロという会社も相次いでいるようです」

 こういった生の情報に華僑は敏感だ。

 「投資方針を少し変えなくてはならないかもしれないな」

 さらに続く昼食の席でも地域の経済状況や日本での各社の経営状況についての話が続く。70歳を超える華僑の面々は、よく話し、よく食べる。油ギトギトのご飯に、チョウズメのソーセージをたくさん載せて、掻き込む様にほうばるのだ。彼より二回りも若い私でも、こんな脂ぎったご飯を食べ続けているとむせってしまう。なんと元気なことか。しかも、すごい量を食べ尽くす。それでいて、会長の体はスリム。私の盛り上がった腹をさすり「これでは駄目だ」という。健康の秘訣はお茶と運動だそうである。そうやって食事中はずっとビジネスの話と意見交換が続く。食事を楽しむという雰囲気ではない。とにかくビジネスが楽しくて仕方がないのだ。

 午後からおもむろに会議が始まる。一応、アジェンダ(式次第)は紙で配られるのだがその通りに進むことはない。話さなければならない色々な案件があるなかで、気になる案件から話を始める。

 会議の進め方は、私が見てきたところでは二通りのパターンがある。自ら会議を全て取り仕切り、ずっとしゃべくり倒すタイプと、ほとんど会議中は口をきかず、ずっと人の意見を聞いて最後におもむろに喋りだすタイプだ。大体は、どちらかのタイプでバランスが取れた華僑のボスをこれまで見たことがない。今回の会長はよく喋るタイプだった。

 席順や発言についても年齢や役職、社会的地位などの差別などはない。必要な人が必要な場所に座る。部長が並び、その部下は後ろの席に控えるということはない。会議中も必要であれば、トップの発言中でも部下は途中で意見を挟むこともある。そのことが全然失礼だとか会議の秩序を乱していることにはならない。日本では中国のビジネスマナーに円卓の囲み方などを丁寧に解説している本も多く、席順などものすごく厳格なのではないかというイメージが強い。しかし、実際の会議の席は平等なのだ。華僑グループ内部の会議はみな、身内という雰囲気で進む。

 最初の案件は、この華僑グループにとって最も重要な案件。気になることが次々と会長から指摘される。周りにいる面々は報告にタジタジだ。最後まで報告を聞くことはない。頭の回転も速いから最初の1分も経たないうちに、結論は何かを催促する。とにかく気が短い。

 最初から実施すると決めているものと思っていた案件について会長は、「これはリスクが見えないからやめよう」とあっさり却下。私もこれには驚いた。これまで1年越しで組織全体で進めてきた案件をやめてしまったのだ。日本では、最後のトップの決断に至る状況では、ほぼGOなのだが、華僑のスタイルは、トップは自らの判断を信じてあらゆる大胆な決断をする。

 部下からも再考するようにとの嘆願があるのかと思いきや、「決まったことは決まったもの」とあっさり引き下がる。華僑の判断ではリスクの大きさを嫌う。日本からは華僑トップの意思決定のイメージからは意外に思われるかも知れないが「最初から勝てるもの、勝算が高いもの」以外は決して実行しようとしない。大物であればあるほど、そういった決断をする。大胆に、緻密な計算をしている。華僑トップは会議に参加する前にすでにあらゆる数字に目を通していることが多い。会議はどちらかというと、案件を提案する人の自信や確かさを見ているのではないかと思う。日本のように、「まず会議で話してみよう」ということでは、あっさり却下されてしまうのだ。